第53話)ラブビジネス(恋するオトコを狙い撃ち)
パタヤ便利屋コムに続き、パタヤの匠なる趣味のサイトを立ち上げた僕は、インターネットカフェに篭って作業に明け暮れる毎日を繰り返していた。そんなある日、セントラルパタヤに大型のショッピングモールが誕生した。カルフール(Carrefour)というフランス資本の総合スーパーで、リュウさんと僕は、開店記念セールの掘り出し物が何かないかと、さっそくグランドオープン当日に足を運んだ。もちろん僕の一番のお目当てはパソコンだった。
そして、電化製品売り場でオープン特価の目玉商品として売られていたのが、エイサー(Acer)というメーカーのデスクトップだった。聞いたことがない名前のメーカーであったが、陳列されている商品の中でも最安値の15,000バーツという驚きの価格と、5台限りという売り文句が僕らの気を引いた。すぐにコンピュータの専門家であるゴウさんに電話をかけて意見を仰ぐ。
すると「それは中華系のメーカーだね。CPUとかメモリとか搭載されているスペックにもよるけど、15,000バーツならかなりお買い得だと思うよ」というお墨付きの言葉が返ってきたことから、ついにリュウさんはパソコン購入を決断してくれた。当然、僕は歓喜することになった。
パソコンの初期設定に関してはゴウさんが色々と手助けしてくれた。タイでインターネットに接続するには通信事業者(プロバイダ)との契約が必要になるのだが、住まいのタウンハウスにはTOTという政府系の電話回線が既に通っていたので、それを利用してADSL回線を設置してもらった。また、これを機に日本のレンタルサーバーを利用して、ホームページ用のスペースとメールアドレスを新たに取得することにした。
リビングルームに食卓テーブルがあったので、その一角を作業台にする。とうとうパソコンを手に入れ、ようやくインターネットが出来る環境が整った僕は、俄然やる気になった。これで日夜問わずいつでも作業することができる。そうして、僕は新たに生まれ変わったアドレスのホームページ運営作業に勤しむ傍ら、タイにまつわるコラムをもくもくと書き続けた。
無料のメールアドレスと無料のホームページを卒業したことで、如何わしいサイトも幾らか信用度が増したのだろうか。それにタイコラムを書き始めたことで、僕らの存在をより身近なものへと感じてもらえるようになったのかもしれない。はたまた、これがパタヤという街の現実なのだろうか。相変わらずTシャツ製作や豊胸クリームの依頼は皆無であったが、夜遊び関連の問い合わせは僅かながらも増えてゆき、便利屋稼業はその守備範囲を広げていった。
「パタヤの某バービアで働いている女性に送金したいのですが、代わりにお願いすることは出来ますか?」
ある日、そんな問い合わせが僕らの元に届いた。それは明らかに夜遊びガイドのサービスに付随して出てきた問い合わせのように思われた。パタヤの便利屋を謳っている以上、もちろん僕らはその要望にも応えた。リュウさんが持っていた銀行口座に日本円を振り込んでもらい、あとは我々の手数料を差し引いた金額のバーツ紙幣を、指定されたバービアの女性に届けるだけという簡単な仕事だった。もちろん送金代行を依頼してきた客には感謝され、お金を届けた女性にも喜ばれた。それは現地に住んでいる我々にしか出来ない、小回りの利くサービスだと言えそうだった。
そういえば、僕も昔、タイ人女性に恋していた時に、彼女への誕生日プレゼントと一緒に幾ばくかの紙幣を同封して国際郵便で送ったことがある。その当時の僕にすれば、仕事の合間を縫って銀行で手続きする煩わしさと、タイ人女性に送金するという恥ずかしさも相まって取った行動であったが、同じようにタイのナイトバーで働く女性に金銭的な援助をしてあげたいと考えている日本人男性が意外にいるのではないだろうか。もちろん夜の女性が相手だけに、彼女から送金を強請られてというケースが圧倒的に多いことだろう。
その際、女性側がタイの銀行口座を持っていれば、日本の金融機関から国際送金することは可能である。また、欧米人の間ではウエスタンユニオン等のサービスを利用して送金するという手法が半ば公然とまかり通っていた。しかし、それは送り手の男性にとっても、受け取る側の女性にとっても、面倒な手続きでシステムがよく分からないという事情もあったように思う。特にナイトバーで働いているような女性は、田舎から出てきたばかりで、それらの手続きに全く無知な人種が多いということも考えられた。
というわけで、僕らは、「あなたの愛するタイ人女性に送金代行いたします」というサービスもホームページに追記することにした。代行料金は一律500バーツに設定。それに為替レートはこちらが損をしない範囲内で随時変動という内容にした。これは痒いところに手が届くサービスとでもいうのか、意外に需要があった。そして、僕らはそんな男女間の痴情に関する金の匂いに敏感に反応しては、如何わしいサービスを突き詰めていった。
夜遊びだけに留まらず、タイ人女性に恋をし、溺れている人間は少なからず存在するようだ。その恋のお手伝いとでも言うように、僕らは送金代行を請け負う。それが果たして道徳的に善いことなのか、悪いことなのかは分からない。とはいえ、依頼する人物が望んでいることなのだから、それはある意味人助けとも言えよう。
しかしながら、その一方で、日本のキャバ嬢に嵌っている都合のいい客のように、タイのバーガールに手玉に取られて、資金援助を繰り返している人間も当然いるのではないかという現実があった。
旅行者時分には当然知る由もなかったが、タイに住み、タイ語を覚え、パタヤの歓楽街を徘徊するにつれて、夜の女性たちの実態を垣間見ては、そのしたたかさを嫌というほど痛感するようになった。当たり前のように複数人の常客を確保し、彼らから定期的に送金してもらって稼いでいるような女性は至るところに存在した。
それは恋をしている男性にとっては、助べえ心混じりながらも良心からくる行為であるはずなのに、すっかり騙されているという哀れな現実でもあった。いつの世も恋は盲目であり、そこに物理的な距離や異人種間といった要素が加わると、更にたちの悪いものになるという儚い現実があった。
「どうせ騙されているのにさぁ、言われるままに送金してあげるなんて、オトコってホントに馬鹿だよなー」
送金代行の依頼が来るたびに、リュウさんは他人事のようにそんな感想を洩らしたが、僕は自分もそれに近い心情になった経験があるので、心から笑うことは出来なかった。というより、もし騙されているとしたら可哀想な人だなぁと同情にも似た感情が芽生えるだけだった。
もちろん、騙されているかどうかなんて当人同士にしか分かり得ないことだ。でも、そこをなんとかできないものか。もし、手玉に取られて騙されているようならば、痛手が浅いうちに手助けして大事になるのを未然に防ぐことはできないものか。騙されているという現実を分からせてあげることはできないものか。そんな思いもあり、僕は、日々垣間見る、夜の蝶たちのリアルな現実を伝えるように夜遊びコラムに書き連ねた。
そして、そんな思いから生まれた、次なるサービスが探偵調査だった。
★★★あなたの愛するタイ人彼女は本当にあなただけを愛していますか?
『彼女にはあなたの他にも資金援助してもらっている彼氏(常客)がいるのが現実です。彼女は複数の彼氏(常客)から定期的に送金してもらっている金銭で日々悠々自適に暮らしているのが現実です。あなたの知らないタイ人の本当の彼氏や旦那や子供がいるのが現実です。全てがそうだとは言いませんが、それがタイのナイトバーで働く女性たちの現実です。それは後にあなたたち二人の関係性を不穏なものへと導く可能性を多分に秘めています。もし、あなたの愛する彼女に疑わしい言動、気になる点がありましたら、お気軽にご相談ください。あなたのタイ人彼女を探偵調査いたします』
初めは冗談半分のつもりだったが、適当に思いついて書いた文章をリュウさんに見せると、殊のほか面白がって喜んでくれたので、さっそくホームページに探偵調査のカテゴリーを追加することにした。また、そのついでとばかりに考えたサービスが以下のようなものだった。
★★★あなたの愛する駐在員の旦那さんはタイ人女性にはまっていませんか?
『あなたの知らない間に旦那さんは現地の女性に溺れているのが現実です。会社の付き合いだからとゴルフ場でクラブを振り、その帰りに高級クラブに立ち寄って女性を連れ出し淫らに腰を振っているのが現実です。愛人のように現地女性を囲っているのが現実です。全てがそうだとは言いませんが、それがタイに赴任する駐在員男たちの現実です。それは後にトラブルへと発展する可能性を多分に秘めています。それが遊び程度なら問題ありませんが、本気の恋ともなるとゆくゆく離婚、または根こそぎ資産を奪われることもあり得る話なのです。あなたはそれを許せますか。もし、海外に赴任している旦那さんに疑わしい言動、気になる点がありましたら、お気軽にご相談ください。あなたの旦那さんを探偵調査いたします』
これってなんだか同胞の日本人男性を敵に回しているようで、少し気が引けたが、まあ、如何わしい僕らのサイトに問い合わせしてくる駐在妻なんてそうそういないだろうと、勢い余って掲載してみることにした。
こうして、パタヤ便利屋コムは、夜遊びガイドに、送金代行サービス、そして探偵調査と、益々怪しげなサイトへと変貌を続ける一方であった。
それから、僕らは、自分たちの存在を広く知ってもらうための宣伝よろしく、タイやパタヤに関する色んな掲示板に、パタヤ便利屋コムの紹介文とホームページのアドレスを書き込みした。だが、数日も経たないうちに、そのスレッドは荒れに荒れ、大炎上するように批判の言葉で埋め尽くされた。
タイに沈没したチンピラ日本人、怪しい在住二人組に要注意!ボッタクリのサービス、悪徳ガイド、詐欺師、ペテン師、イカサマ野郎、、、僕らの存在は掲示板上でボコボコに叩かれてしまった。
困った僕らはすぐに専門家のゴウさんに相談した。するとゴウさんは、「書き込んだ相手を特定して、ウイルスでも送りつけてやっつけてあげようか?」とサイバーハンターのような対抗策を提案してきた。リュウさんと僕は、そんなことが出来るのかと驚きつつも、相手にしても事が大きくなるだけだと、それらを無視して受け流すことにした。それは傍目から見れば僕らの存在は確かに怪しいものだろうと自分たちでもはっきり認識しているからだった。
炎上が全く止まない現状を見かねたゴウさんは、僕らを擁護するような書き込みをした。すると、自作自演だというコメントが溢れかえった。僕らは反論の言葉すら何一つ書き込んでいないのに、その反応たるや凄まじい勢いだった。それに僕らにしか知りえないような情報まで次々と書き込まれた。どう考えても、行きつけのクッキーバー辺りで日頃顔を合わせている、顔見知りの日本人が書き込んでいるコメントもあるように思われた。
結局、僕らは掲示板の管理人にメールを送り、誹謗中傷の書き込みを削除してもらって、なんとか事態は収束した。そして、僕らはこれを機に、自分たち以外の周りの人間が誰も信用できなくなり、それからは自分たちのことを他人に吹聴しないようにした。
しかして、大炎上はしたものの、ある程度の宣伝効果があったのか、程なくして一件の問い合わせが入った。
それは僕らにとっては、未知なる分野となる探偵調査の依頼だった。
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