第51話)パタヤ夜遊びガイドと助兵衛さん

"GOOD GUYS GO TO HEAVEN, BAD GUYS GO TO PATTAYA"


いいヤツは天国へ行く、悪いヤツはパタヤへ行く。


そんなブラックジョーク交じりの格言じみた言葉がプリントされたTシャツが、平然とお土産屋に並ぶ街パタヤ。バンコク近郊のビーチリゾートという昼の顔と、性風俗産業が盛んな淫らな街という夜の顔と、パタヤには二つの顔がある。微笑みの国という仮面の奥からダークサイドな一面を覗かせている。


とりわけ僕が初めて足を踏み入れた1990年代半ば~移住を始めた2003年当時のパタヤは、まだ夜の街というイメージの方が断然強かった。まさにアジアンレディを求めて買春目的の助べえな男たちが、世界各国からこぞって集う猥雑な街だと言えた。


そんな如何わしい街の虜になった僕も当然、BAD GUYS(悪いヤツ)の部類に入ってしまうのだろう。しかして、もはやBAD GUYに成り果てた僕は、パタヤに住み続けるために、タイという異国の地で生き残っていくために、後先考えずに日々貪欲にあらゆることに手を染める、野生的な金の亡者へと変貌しつつあった。


パタヤ便利屋コムなるホームページを立ち上げて、Tシャツ製作に、豊胸クリーム販売、それにパタヤの現地ガイドと、全くまとまりのない怪しいビジネスをスタートさせた僕らの元には、やがてぽつぽつと問い合わせが入るようになった。だが、それはいずれも夜の街を案内する夜遊びガイドばかりだった。


第一号のお客さんとなった福岡のオジサンHさんを案内した夜は、僕にとってガイドとしての初仕事という意味合い以上に、いい出会いの機会となるような貴重な経験になった。だから僕は、夜遊びガイドも案外捨てたもんじゃない、といい気になっていた。しかし、そんないい思いをしたのはHさんとの夜だけであった。


それから、僕らは10人程度のお客さんの夜遊びのお供をした。当然のことだが、皆いい人ばかりとは言えなかった。いや、というよりはクセが強い人ばかりだった。己の助べえ道に関してマニアックなこだわりがある人ばかりだとも言えそうだった。


もちろん皆、日本全国各地からタイ(パタヤ)を訪れるわけで、いろんな県民のお客さんを相手にすることになる。だから僕らは、関西人は気さくでよく喋る人が多いけど何でも話にオチをつけようとするから面倒だとか、なんだか名古屋人と京都人ってケチじゃない?だとか、沖縄の人ってのんびり穏やかな性格でタイ人みたいだよねだとか、接した人の性格や印象によって、勝手に妄想を膨らませて偏見じみた県民性で彼らを区別した。


とはいえ、県民性云々の前に、彼らから色濃くにじみ出ているのはただならぬエロのオーラであった。それは言わば其々の県を代表するエロ自慢の日本代表みたいなもので、相手をするには厄介な代物だった。


僕らがホームページに記載していた観光ガイド(通訳含む)のガイド料金は一時間500バーツ。それに飲食費は別途お客様の負担とさせて頂きます、という強気な設定だった。そのせいか、一緒に食事をとらない人だとか、一軒のバービアで一時間だけ現地情報を話して終わりだとか、時間と金を損しないように効率よく僕らに依頼する人がほとんどだった。だから、好みの女性がなかなか見つからず不機嫌になった年配客には、結局ガイド料を全て請求できずにサービスで深夜遅くまで付き合った時もあった。


僕らはいつも決まって二人揃ってお客さんがいるホテルに出向いた。一人のお客さんに対して二人のガイドがつくということで、明らかに不満そうな怪訝な態度をする人も少なからずいた。しかし、日本人の性質なのだろうか、ガイドは一人で結構です、とはっきり断る人はいなかった。いや、それはリュウさんの対応によるものだとも言えそうだったが…。


社交的な性格のリュウさんはいつどんな時でも、どんな人と接しても、その人が客であろうが誰であろうが、すぐに自分のテリトリーに相手を引き込み、その場の空気を強引に支配してしまうような超アクティブなタチ(気質)の人間だった。それは相手に有無を言わせないもので、物言う時間を与えない半ば威圧的な態度と、速射砲のように次々飛び出す圧倒的な話術を同時に擁していた。だから、客を相手にするサービス業とはいえ、いつもリュウさんのペースで一方的に事が進んだ。それを隣で見守る人見知りの僕は、客の反応をつぶさに観察しては気を揉むばかりだった。


初めてガイドをしたHさんの時のように、プライベートな会話をする人は少なかった。どちらかというと、挨拶と自己紹介もそこそこに、出来る限り短時間で好みの女性を探すことに終始するという人のほうが多かった。だから、僕らも端的に客の好みを訊いて、気に入った女性が見つかるまでは店に入らない、とにかく短時間で色々歩いて連れまわして見せるという案内の仕方をした。


そうすると、歩いてばかりだと疲れるだけだ、ガイドだったら私の好みの女性がいるような店にピンポイントで連れて行くのがプロの仕事ってもんだろう的にブツブツ文句を言ってくる客がいた。せっかく高いガイド料を払ってドリンクまで奢ってあげてるのに、こちらの要望に応えてくれないと困る、損をした、みたいな態度を取られて辟易するような客もいた。


芸能人の誰々似だとか、顔は可愛く幼い感じだけど性格はエロいタイプの女がいいだとか、その要望は底なし沼のように深く暗澹としていた。


それに、タイ女性たちに敬遠されがちなタイプの人を相手にするのは特に大変だった。そう、ナイトバーで働く女性たちにも客を選ぶ権利があるのだ。それは女性側からすれば、一夜の相手をする、ベッドの上で自分の肉体を預けるオトコを選ぶわけだから、慎重になるのも当然だった。


バーで働くタイレディたちは、危険やトラブルを未然に防ぐべく、それを敏感に察知しながら客を選んでいるように見える。毎日、店を訪れる様々な人種の中から、自分好みの、出来れば金払いのいい、やがて上客へと繋がりそうなオトコを狙って虎視眈々と待ち構えているようでもある。一方、世界各国から集った助べえなオトコたちも都合のいい自分好みの女性を探し求めている。それぞれの事情は複雑に絡み合い交錯しているのだ。


だから、陽気で金払いがいい客なら最高であった。それはバーで働くタイ女性にとっても、ガイドをする僕らにとっても。逆に、陰気で無口、無愛想、ケチ、エロが過剰、変態といった、クセが凄い、アクが強い客の相手は一筋縄ではいかないのが現実であった。


夜遊びとはいえ、ライバルは世界各国から集った様々な人種のオトコたちなのである。


それなのに、AV男優の真似事のように夜の玩具を使ってもOKな女性限定だとか、タトゥーが入っている女性は嫌だとか、陰毛を剃っている女性は駄目だとか、日本代表の助べえオッサンたちの要求とNG要項は果てしなく続き、とどまることを知らない。


だが、特に夜の女性は性病防止のためなのか、欧米文化の真似事なのか陰毛をキレイに剃り落としている場合が多々あるのだ。そんな現実に対して、私はあの茂みをかきわけてニャンニャンするのが好きなんだ、茂みがなければ困る、と切々と語られては、こちらはもうどうしようもない。


いちいち客が気に入った女性に、身体のどこかにタトゥーは入っていないか、陰毛は剃っていないか、玩具を使ってもいいか、アナルもOKか、ナマ尺八するか、ナマ挿入もありかと、あれこれ開けっぴろげに訊ねるのは、何ともこっ恥ずかしい限りで、全くあほらしい作業である。さすがに一癖二癖ある日本代表の助べえ自慢たちを相手にするのは骨が折れることだった。


冗談半分、勢いで始めてみたものの、夜遊びガイドは全くいいものではなかった。僕の中で、それは面倒で億劫な仕事に変わっていった。


それに、やはりやっていて気持ちのいいものではなかった。ガイドとは言うものの、それって風俗案内業とか、売春斡旋業みたいじゃないかとマイナスのイメージがふと頭に過ぎり、俺はこんなことをやっていていいんだろうかと冷静に考えたり、日本にいる家族や友人知人を思うと羞恥心にも似た罪悪感を覚えたり、堂々と公表できないグレーゾーンに足を踏み入れている自分に戸惑いを覚えるようになった。


リュウさんは金になればそれで結構という感じで割り切っている様子だった。僕はリーダー役の彼についていくだけなので、大した仕事はしていないのだが、夜遊びガイドは僕の中で急激に気持ちが冷めていった。


そして、ついには気持ちが全くついていかなくなり、結局、僕はその思いを正直にリュウさんに告げて、夜のガイドは彼だけでやってもらうようにお願いした。リュウさんは、やりたくないものはしょうがないよね、と僕の希望を優しく受け入れてくれた。今後ガイドで発生する金銭は一切要らないという旨を伝えると、快く了承してくれた。


元々は自分が軽はずみに提案して始めたサービスという手前もあり、僕は申し訳ない気持ちと、とりあえず煩わしい仕事から解放されたという安堵の気持ちと半々だった。


ガイド業がリュウさんだけの担当になったことで、僕は他のことで何か稼ぐ方法を考えなければと、再び違うことに思いを向け始めた。


このまま役立たずの存在で終わるわけにはいかなかった。


そして、次なる行動へのヒントは、親日家のアメリカ人ニックからもたらされた。

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