第49話)パタヤ発↑便利屋稼業の発足

これでようやくホームページを立ち上げることができる。さて、ここからは自分の役目だ。とうとう念願のホームページ作成用ソフトを手に入れた僕は意欲に満ち溢れていた。とはいえ、ソフトは手元にあっても肝心のパソコンはまだないのが切ない現状で、先ずはリュウさんをパソコン購入へと導くべく、何かしら形を作ってプレゼンよろしく、彼の関心を引き納得させる必要があった。


というわけで、僕は行きつけだったインターネットカフェにさっそく足を運び、「ここのパソコンに持参したソフトをインストールしても構わないか?」と、その店のタイ人従業員(愛想のいいお姉さん)に許可を願い出た。もはや常連のような存在になっていたので、すぐにOKの返事をもらい、店の一番奥にあるパソコンを指定された。そこは空いていれば僕がいつも利用していた愛用席で、日本語のフォントが設定してある数台のうちの一台だった。


それから、僕は毎日その店に通い、正午~夕方日が暮れるまで、そのパソコン席を独り占めするように作業に明け暮れた。「一ヶ月使い放題で○○バーツ」みたいな長期滞在者向けのインターネットパッケージ券を購入して、独り篭るようにネットカフェでのホームページ制作に勤しんだ。そして、一週間ほど作業に没頭して、ようやく簡単なサンプルページを作りあげた。


だが、学生時代以来の作業ゆえに案外手こずり、趣味で作ったことがある程度の技術しか持っていないこともあって、それは僕的には決して満足のいくものではなく、どう見てもみすぼらしい内容スカスカのホームページであった。まあ、しょうがない、とりあえず形にすることが何よりも先決である。さっそくリュウさんにサンプルページを見せて、意見を仰ぐ。


「へぇー、大したもんだねー。でも、そうだなぁ、できればもうちょっと明るい色のイメージにしたほうがいいんじゃない?俺は桜色のピンクカラーが好きなんだよねー」とか、「どうせだったら、俺らの名前と住所も記載しちゃおうか?そっちのほうが会社っぽいし、Tシャツ工房みたいな感じで信用感が出ると思うからさー」とか、リュウさんから出た意見、アイデア等を参考にして、少しずつホームページを肉付けし、体裁を整えてゆく。


専門家であるゴウさんからは、「ホームページはシンプルで見やすく分かりやすいのが何より一番大事!」とアドバイスをもらっていたので、とにかくそれだけを心掛けた。というより僕には装飾にこだわれる程の専門知識など到底なかったのだが…。そうして産声を上げたパタヤ発!僕らのホームページ第一号は、以下のような内容のものだった。


「タイランド製ナチュラルコットン使用!あなただけのオリジナルTシャツを手刷りプリントで製作いたします!一枚あたり1,000円~受注製作可能!」


「タイ北部の美人村で採れる幻の秘薬!?希少な天然ハーブを使用した女性ホルモン活性サプリメント&バストアップクリームを現地から直送します!」


問い合わせ先はタウンハウスの住所と僕らの名前、それにリュウさんの携帯番号も記載することにしたのだが、いかんせんメールは無料のホットメールアドレス、更に無料のホームページ用スペース(デカデカと広告バナーが表示される)を利用した、全く金がかかっていない、貧相かつ如何わしげな内容のホームページだと言えそうだった。


ふむぅ、やはりこれだけでは何とも心許ない印象である。しかして、僕らはホームページの枝葉となる次なるコンテンツを見つけるべく、他に何か日本向けの商売はないだろうか?とあれこれ話し合い、自分たちに出来そうなことを探っていった。それは頭を使って身体を使ってと、とにかく無料で出来ること(資金がかからないこと)が何より重要で、リュウさんを納得させるための条件のようでもあった。


となれば、答えは当然分かりきったようなもので、行き着く先は当然サービス業とか仲介業といった分野だけであった。


金が動いている(あるいは金が動きそうな)ところに狙いをつけて、その中で一手間、僕らにしか出来ない何かしらサービスなりを提供すれば、その金の流れの中で、僕らに幾ばくかの金(仲介料)を落とすことが出来る。それはいったい何なんだ!?リュウさんにしか出来ないこと、僕にしか出来ないこと。そしてタイ(パタヤ)にいる僕らにしか出来ないこと。サービス業、仲介業、代行業……。


そうして出てきたキーワードの一つが、パタヤの観光旅行に関連したサービス業だった。だが、パタヤには既に日本人経営の旅行会社が幾つかあったので、そこに参入しても到底勝ち目はないと思われた。いや、というよりは競合したら悪いだろうと遠慮した。というのも、ゴウさんから現地旅行会社を営む日本人オーナーを紹介されたことがあるからだった。そのオーナーは、ゴウさんがアジア放浪旅の果てに行き着いたパタヤで貧乏していた時にお世話になったという人物で、ゴウさんは彼が経営する旅行会社のホームページ制作を手伝ったりしてバイト感覚の仕事を請け負っていた。


ある晩、三人で飲んでいる時に、ゴウさんがお世話になっている人を僕らに紹介したいと、彼に電話をかけて、わざわざ僕らが飲んでいるバービアまで呼び出してくれた。Kさんは50代半ばぐらいの紳士風で、タイ在住歴も10年近いベテラン長期滞在者だった。黒々と日に焼けた中肉中背の身体つきにポロシャツの襟を立て、ハーフパンツ、素足にローファーの革靴といったバブル時代を彷彿させるような爽やかな出で立ちで、ダイビングにスピードボート、ヨット、釣りなど、多彩な趣味を兼ねた現地ツアー業も商っているヤリ手経営者だった。


リュウさんと僕が挨拶し、簡単な自己紹介をすると、Kさんは好意的だが、彼の本音とも言える直接的な物言いで僕らに語りかけてきた。


「ゴウ君から聞いたよ、最近仲良くしている二人組だってね?何でもTシャツ製作とか色々やってるようだけど」


「はい、今は商売を立ち上げたばかりですけど、今後いろいろと展開していければと考えています」


リュウさんが答えると、Kさんは確信をつくような言葉をすぐに投げかけてきた。


「私もね、これまで日本向けの商売をいろいろとやってきたけど、はっきり言って、そんなに簡単なことじゃないよ。それに君達は二人で何かやっていくつもりなの?」


「はい、そうですけど…」


「日本人二人分の生活費をこっちで稼ぐのは中々大変なことだよ。ゴウ君から聞いたかもしれないけど、実は私もね、昔は貧乏旅行者みたいなところから始めたんだよ。ゲストハウスや安宿に飛び込みで一軒一軒交渉して、宿泊施設の仲介業から旅行業をスタートさせたんだけどね。でも、それもね、一軒あたりの仲介手数料なんて数百バーツと高が知れてるから、本当にコツコツと時間をかけてやってきたんだ。だからこそ思うんだけど、一人だけならまだしも、日本人二人分の給料を稼ぐことがいかに大変かは歴然とした事実なんだよね。だから現地で商売するには、人件費が高い日本人よりもタイ人を雇って、ということを考えないと難しいと思うよ。まあ、これが私の率直な意見だけどね…」


僕は、今現在、二人分の生活費すら全く稼げていない僕らの現状をズバリ言い当てられたようで、胸をキュッと締めつけられたような気分に陥った。なんだかその言葉は、金なし経験なしと何の取り得もない僕に対して向けられているようで、自分の存在を否定されたようにも感じられた。すると、リュウさんがそれに反論するように言葉を返した。


「確かに二人でやっていくのは初めは大変ですけど、二つある目も二人寄り添えば四つになりますから。儲けた利益は半分になりますけど、その分、二人でアイデアを出して協力して、儲けを倍々に増やしていければ、それが武器になると俺は思ってますから」


僕はその言葉に思わず惚れ惚れしてしまい、ふと鋭い目を持つ二匹の鷹が頭に浮かび、まさに鳥の目のような幅広い視野で大きく羽ばたいていく、鷹になった自分たちの姿を想像した。


「ああ、そう。とにかく大変だろうけど頑張ってね。私にも何か協力できることがあれば、いつでも相談に乗るから」


「はい、ありがとうございます。今後ともよろしくお願いします」


忙しい中わざわざ足を運んでくれたのか、Kさんは話もそこそこに帰っていった。それは10分にも満たない会話だった。自分が可愛がっているゴウさんに怪しい人物が寄りつかないようにと、手短に我々の正体を探りにきた風でもあった。それに対して、リュウさんは言ってやったぞという感じで、僕もリュウさんに同調した雰囲気になってしまった。Kさんと僕らの出会いはあまりいいものとは言えなかった。だから、珍しくゴウさんが間に入って場の空気を悪くしないように努めていた。


いずれにせよ、Kさんはゴウさんのお世話になっている人だから、彼と競合するようなことは避けようというのが僕らの答えだった。


とはいうものの、パタヤは観光地だから、やはり旅行関連に付随したところにしか金の匂いは見当たらない。それならば既存の旅行会社がまだ手をつけていない分野のサービスが何かないだろうか?我々は考えた。現地ツアー系で何かないだろうか?マリンスポーツにパタヤ周辺の観光ツアーなど大抵のものは当然、出尽くしている。うーむ、もっとマニアックなもの?でも日本人観光客が興味をそそるもの?それって何なんだ……。


はて、そういえば通訳とか観光ガイドみたいなことはやれないだろうか?リュウさんはタイ語を流暢に話せるし、タイ事情にも通じている、パタヤの現地情報にも詳しい、それにお節介者というか人の世話をするのが上手な社交者である。


リュウさんに問いかけてみると、「情報は金になるからねー、いいんじゃない?」と意外に乗り気になったので、通訳兼ねた観光ガイド業も勢い余って始めることにした。とりわけ性産業が栄える街パタヤだけに、需要がありそうだと考えられるのは夜遊び(ナイトライフ)関連だった。だから、僕らは「お昼の観光ガイドから、夜の街散策ガイドまで、何でもござれ、お気に召すまでお相手します!」という内容のサービスをホームページに追加した。


そこまでいくと、もうグレーゾーンとかイリーガルといった境界線は、もはや僕らの中には微塵も存在せず、ただ目先の金を稼ぐためにいろいろと手を出して試してみる、という思考しか頭にはなかった。そして、それはいつも決まって盛り場で酒を飲んだり、カフェで駄弁ったりと、冗談半分の思いつきから生まれるフワフワ浮ついた態の所業だった。


Tシャツ製作に、豊胸クリーム販売、それにパタヤの現地ガイド。


全くまとまりのない内容のホームページだった。その如何わしさは僕らの存在そのものと言えそうだった。しかし、それがその時の僕らの全てだった。そこにあるのは、やれることは何でもやってやろうという気概だけだった。


その他、タイに関すること、パタヤでお困りの方など、何でもやります!ご用命ください。


そして、僕らの肩書であるホームページのタイトルは「パタヤ便利屋コム」になった。

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