第46話)日本向けの商売?キーマンを探せ!

「そういえば、この前オカマバーに送ったメールはその後どうなった?まだ何も反応ないの?」


「はい、昨日、久しぶりにメールチェックしに行ったんですけど、あれから、うんともすんとも…って感じですかね」


「そっかぁ、やっぱり海外からだと怪しまれるのかなー」


「ええ、それもあると思いますが、多分フリーメールっていうのもあると思いますよ。そのまま迷惑メールのフォルダ行きに処理されてたら、そもそもメールを開いてすらいない可能性もありますし…」


「そうなんだぁ。じゃあ、ヒロ君が言ってたように普通のメールを取得したほうがいいのかなぁ」


「そうですね、、年間幾らみたいな感じで多少金はかかりますが、今後のことを考えたらそれがいいと思いますけどね。そんなに大した額じゃないですから。でもメールだけじゃなくて、出来ればホームページを作れればいいなぁと思ってるんですよね。Tシャツを日本向けに売るにしても、やっぱり僕らのことを発信する拠点地というか、海外からでも信用させる存在みたいなものが必要なんじゃないかと思うんですよね…」


「うーん、なるほどね。ホームページかぁ、誰かコンピューターに詳しい人パタヤにいなかったかなぁ。今度クッキーバーで誰かに訊いてみるかぁ」


「実は僕も学生時代に趣味で簡単なものなら作ったことがあるんですが、その時はホームページ作成用のソフトを使って作ってたんですよね。当時つきあっていた彼女がパソコンにはまったのがきっかけで僕も一緒に始めたんですけど、その彼女がソフトを購入して持ってたんですよ。それを借りて、僕も自分のパソコンで音楽とか映画関連の趣味のサイトを作って運営してたんです。だから、同様のソフトがあれば僕みたいな素人でも簡単なものなら作れるんですけどね…」


「へぇー、そうなんだぁ。で、そのソフトっていうのは何なの?買ったら高いの?」


「CDというかDVDみたいな感じなんですけど確か2~3万円ぐらいするんですよね。まあ、とはいっても、その前にパソコンがないとどうしようもない話ですが…」


「うーん、なるほどねー。ホームページとパソコンかぁ。分かった、じゃあ、色々と検討しておくよ」


タウンハウスで共同生活を始めた僕ら二人は、Tシャツ製作販売を日本にも向けて本格的にやっていこうと誓い合ったものの、すぐに問題点が浮上していた。それは日本のオカマ向けにタイ製の豊胸クリームが売れないか?とリュウさんが提案し、僕が適当に考えついた文章のダイレクトメール(DM)を送ったことから始まった。自分のメールチェックがてら時々利用していたネットカフェがあり、そこで新たにホットメールの無料アドレスを取得して一作業したのだが、全く反応なしの結果に終わったこともあって、やはり仕事用のメルアドとしては相応しくないのでは…というのが僕なりの結論だった。


それに海外であるタイから日本に向けて何か商売をスタートさせていくためには、当然、僕らの存在をアピールする手段が必要になってくる。それが無料のメルアド一つだけでは何とも心許ないばかりである。とはいうものの、パソコンとかインターネット関係に全く無関心だったリュウさんは、まだ一般的にそれほど普及していない当時の時代背景も手伝って、そこに自分の資金を使うことを躊躇っていた。メールアドレスを取得するのは年間たったの数千円だったが、その効果を納得させるために彼を説得するのは中々至難の業だった。


学生時代に僕が購入したパソコンは当時10万円以上とまだパソコン自体が高額商品だった時代である。それから数年経過し低価格化しているとはいえ、ホームページ作成用のソフトも合わせて購入するなら、諸々で10万円程度の投資は当然覚悟しなければならない話である。それはタイバーツに換算すればおよそ3万バーツ。中古のバイクを購入する際につけても、色々調べて15,000バーツのお買得品を見つけてきたリュウさんの半ばタイ人のような金銭感覚と価値観から察するに、未知なる領域のインターネット、はたまたパソコン購入へと彼を促すことは一筋縄ではいかないのが現実だった。


だが、そんなもどかしい僕の思いも、リュウさんの常人離れした行動力と社交性によって徐々に道は開けていった。リュウさんは有言即実行とでも言わんばかりに、さっそく日本人長期滞在者が集う早い時間帯のクッキーバーに足を運び、「誰かコンピューターに詳しい人知りませんかー?」と屯する日本人のオジサンたちに明け透けな態度で訊いて回った。


すると、すぐに一人の日本人の名前が出てきた。それは「パソコンとインターネットのことならゴウ君」と一部の日本人の間で重宝されている長期滞在者の名前だった。聞くところによると、その人はタイに来る前は日本のコンピュータ関係の企業でプログラマーとして働いていたらしく、まさに僕らが求めている人物だと言えそうだった。


とはいえ、先ず攻略しなければならない壁があった。それは、どうやら彼は普段から長期滞在している日本人たちとはほとんどつるまないタイプの人間で、良く言えば一匹狼的な存在、悪く言えば偏屈者として通っているということだった。連絡先を知っているのは数人だけでリュウさんがそれを尋ねても教えてくれる人は誰もいなかった。


「ゴウ君は頑固者だからね。勝手に連絡先を教えたりしたら、こっちが怒られてしまうからさ。申し訳ないけどごめんね…」と、リュウさんをよく知っている年配のオジサンですら面倒なことには関わりたくないといった態度で、仲介役を買って出てくれることはなかった。しかし、よくよく話を聞くと彼が誰なのかはすぐに判明した。


「ほら、ゴウ君なら、その辺の店でよくビリヤードして遊んでいる日本人だよ。君たちも見かけたことがあるんじゃない?短髪で若作りした格好の、、歳も君たちと同じくらいじゃないかな、、」


オジサンに言われて、僕とリュウさんは「あっ!あの人か?」と互いに顔を見合わせた。


クッキーバーが入っている集合施設は、屋根だけの巨大倉庫のような大きな敷地内に20軒近くのバービアが軒を連ねる広々とした空間である。各店には無料でプレイできるビリヤード台が置かれており、場末の雰囲気を好む欧米系の長期滞在者たちでそこそこに賑わっていた。そんな状況下なぜかクッキーバーだけに日本人客が固まるように集っていた。日本人の習性とでも言うのだろうか、僕らも他店にはあまり足を向けず、このエリアに来ると決まってクッキーバーに顔を出すというのが常だった。しかし、そんな中でも人気のない周りの店で独り酒を飲んでいる日本人らしき男の姿を何度か見かけたことがあった。彼がそのゴウ君と呼ばれる人物だったのだ。


それから僕らは毎日夕方過ぎからクッキーバーに足を運び、彼と出会うチャンスが訪れるのを待つことにした。施設の入口付近を窺える位置のカウンター席にじっくり腰を据えて、終始見張るように待ち構えながら酒を飲み時間を過ごす。


数日経ってようやく彼は姿を現した。バイクのエンジン音を派手に響かせながら、バービア群の駐車スペースに勢いよく乗りつけた男の存在感は、遠目からでも容易に認識できるほど際立っていた。彼のことはある程度オジサンから聞いていた。趣味はバイクとビリヤード。そして愛車はカワサキのレーサータイプ。


聞いていた通りの派手な黄緑色をしたバイクから降り立ち、さっそうとバービア施設内へ足を踏み入れた彼は、我々日本人が屯しているこちらの店には目もくれず、ふらふらと品定めするように周囲の店を徘徊すると、数軒隣りの店に落ち着いた。僕らはしげしげと様子を窺う。その店には彼の他に客は入っておらず、スタッフである数人のタイ女性たちは皆、彼の元に集まってワイワイ楽しげに談笑している。どうやらタイ語で会話しているようだ。


さて、ようやく出会いのチャンスが訪れたものの、現地に住む日本人たちと距離を置き偏屈者とも言われている彼にどうやって接触すればいいのだろうか。顔見知りでもないのにいきなり歩み寄って「こんばんはー」と声をかけるのは何だかあからさますぎるようで気が引ける。いや間違いなく怪しまれるだけだろう。それに相手がどんな反応を返してくるのかも分からない。人見知りの僕があれこれ頭を捻らせていると、、


「じゃあ、そろそろ行ってみようかー」と、タイミングを見計らっていたかのようにリュウさんが席を立った。いつものように平然面して、僕を先導するように彼のいるバービアへと歩を進める。飲みかけのドリンクと伝票は店に残したまま、ふらっと隣りで見かけた知人に挨拶しに行くような雰囲気である。そして、リュウさんは彼がタイ女性たちと戯れている輪の中に遠慮することなく、ずけずけと踏み込んでいった。


「こんばんはー、突然すみません。ゴウ君ですよね?」


「は、はい、、そうですけど……」


突然の僕らの登場に、一瞬たじろぎ顔をしかめた彼はそっけない態度で答えた。こちらとはあまり視線を合わせようともしない。どう見ても迷惑そうで訝しげな表情を浮かべているだけだ。しかし、リュウさんはそんなことお構いなしとばかりに何ら躊躇することなく、自分本位に自己紹介を始める。


「いやー、お楽しみのところゴメンなさいねー。俺はリュウって言います。で、こっちがヒロ君。俺らもパタヤに住んでるんだけどさー。君のことは○○さんから話を聞いてね。実はコンピューターのことで知りたいことがあって、ちょっと話でも出来ないかなーと思ってね。よければ少しだけご一緒してもいいかな?」


「ああ、○○さんですか……。まあ、はい、少しだけなら……」


彼は、リュウさんが口にしたオジサンの名前に一瞬ムッとした表情を浮かべたが、どうにか僕らの申し出を受け入れてくれた。ひとまず了解を取りつけ安堵した様子のリュウさんは、もはや幹事のように手際よく三人分のドリンクを注文すると、ビリヤード台の脇にあるテーブル席に誘うように腰を下ろした。


彼の周りに集まっていたタイ女性スタッフたちは一連の日本語での会話劇を訝しげに見守っていたが、リュウさんが挨拶がてらの得意のタイ語ギャグを幾つか投げかけると、ドッと一笑い起きて場の空気が和んだ。そんなリュウさんの姿を目の当たりにして、彼も少し警戒心を解いたように見えた。


それから先は僕の役目だった。僕らのこと、今やろうとしている商売の話などを簡単ながら説明し、ホームページの必要性などについて彼に尋ねた。だが、出会ったばかりで正体不明の我々を前に当然、彼は多くを語ろうとはしなかった。それに面倒な仕事を振られるかもしれないと警戒したのだろう。


「ホームページを作成するには専門業者に依頼しても10万円以上はかかるのが普通ですよ」と彼は淡々と僕らに告げた。もちろん彼自身もホームページを作れるようだが、「その手の仕事はアフターケアが大変なので全て断っているんです」と暗に僕らをけん制した。


不穏な空気になるのを嫌ってか、仕事の話もそこそこに、リュウさんは三人でビリヤード対決でもしようかと提案した。彼はマイキューを持参するほど年季が入っているだけあって、僕らは彼に全く歯が立たなかった。太鼓持ちみたいにリュウさんが彼をよいしょして持ち上げる。趣味のビリヤードで連勝を重ねて気分が良くなったのか、そのうち酒も進むと同時に、彼は不信感の鎧を脱ぎ捨てるように徐々に饒舌になっていった。


天性の人たらしとでも言うのか、リュウさんは良い加減に酔っ払った彼の懐に首尾よく侵入し、打ち解けるまでさほど時間を要さなかった。それは多少強引ながらも、相手の様子を窺いながら押し引きも操る、リュウさんの巧みな社交術によるものだった。僕は、最悪な第一印象の出会いだったにも関わらず、いつしか急速に距離を縮めていった自分とリュウさんの関係性を思い、ひとり心の中で苦笑した。


結局、その日、僕ら三人は程よく意気投合し互いを語り合い、明方近くまで一緒にバービア街を呑み歩いた。


それから僕らは適度に連絡を取り合う仲へと発展し、三人つるんで酒を呑む機会も増えた。


やがてゴウさんは僕とリュウさんにとって大事な友達の一人となり、いつしかパソコン関係の相談役ともいえる存在になった。

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