【番外編】アカネの独り言

前編

 ご主人さま、つまりコムロ・ヒコザさまの未来の第二夫人、アカネです。今回は私の話を聞いて頂けると聞いてとっても喜んでます。だって最近は出番が少ないし、ご主人さまともなかなか逢えないし、ちょっと寂しかったんですよ。もう私のことなんか忘れられちゃったんじゃないかって思って泣きそうでした。


 前置きはこのくらいにして、まずは私の生い立ちからお話ししたいと思います。


 私はオオクボ王国の北にある村で、剣術道場を営むミヤモト家の娘として生まれました。もちろん私も幼い頃から父にみっちりと鍛えられましたよ。女としてはあまりにもみにくい容姿の私を哀れんだ父が、身を立てるすべとして剣術を教えてくれたのです。


 実は父は仕合しあいに出れば負けなしと言われるほどの剣豪でした。名をミヤモト・ヤマトといい、遠く異国の地にまでその名がとどろいていたほどです。ところが私が物心つく頃にはすでに道場で、門下生に剣術を教えるのみとなっていました。


 それはある仕合で父の名声をねたんだ相手が仕込み刀を持ち込み、父を斬り殺そうと企んだ時でした。父は最初の刀合わせですぐに仕込みに気づきました。しかしそのまま仕合を続けて相手を打ったところ、木刀の当たり所が悪くてその人が死んでしまったのです。


 まれに仕合で命を落とす者はいましたし、その時は相手に非があったので父は何もとがめられることはありませんでした。ただ無類の強さを誇る剣豪だった父は相手の殺意を感じて手加減することが出来ず、結果殺してしまったのだということを分かっていたのです。それ以来、どんなに望まれても決して父が仕合に出ることはありませんでした。


 そんな父ですが、私が十二歳になった年に母と共に流行病はやりやまいで亡くなってしまいました。どんなに強い剣豪も、病には勝てなかったということです。そう、あれは私が成人し、タノクラ男爵家にご奉公に上がることを許されてから約半年後の冬でした。


「アカネ、母御ははごからのふみいまだ届かずなのか?」

「はい。でもきっと冬支度で忙しいのだと思います。雪が多い土地ですから」


 それまでどんなに間を空けても月に一度は必ず届いていた母からの手紙が、三カ月も前から来なくなっていたのです。私は心配でなりませんでしたし、旦那さまもお気にとめて下さっていました。


「冬支度と言っても手紙が届かなくなったのは随分前のことだろう? 年末にはまだ間があるが、構わんから行ってきなさい」

「いえ、旦那さまのお気遣いには感謝致しますが、私は両親からしっかりとお仕えするように言われております。それなのに手紙がこないから様子を見に来たなどと言ったら叱られてしまいます。きちんと年末まではご奉公させて下さい」


 住み込みのご奉公では本来、実家への里帰りは年末年始の間とごく近しい者、例えば親兄弟が亡くなった時だけに限られます。実際この時すでに両親は他界していたのですが、私がそれを知ったのは年末になって里帰りした時だったのでどうすることも出来ませんでした。日頃から旦那さまは何かあればいつでも願い出なさいとおっしゃって下さってます。でも、両親の死を知らない私はおいそれとそれに甘えるわけにはいきませんでした。結局年末までお仕えして里帰りした時にそれを知った私は、旦那さまのご助言をいただきあるじがいなくなった道場を人手に売り渡してお城に戻ったのです。その忙しさのお陰で両親を失った悲しみが多少なりともやわらいだのは否めません。それもこれも全て旦那さまのお気遣いだったと、私は今でも思ってます。


 厳しい貴族様だと年末年始に里帰りのお許しすら出ないところもある中で、旦那さまは階級の低い奉公人にまで心を砕いて下さる素晴らしい方なのです。それに外に出れば嘲笑ちょうしょうされるほどの醜女しこめである私にもご奉公をお許し下さった人格者でもあります。もちろん、女でありながら確かな剣術の腕を買われたというのもあるでしょう。


 実は女の奉公人は雇い主となる貴族様の夜伽よとぎも求められることが多いのです。だから私のように見た目が悪いとそれだけでお雇い頂けないのですが、タノクラ男爵家は違いました。


「君はもしやあの高名なミヤモト・ヤマト殿の娘御むすめごなのか?」


 お城へのご奉公に上がる前の面接で、私の身上書しんじょうしょを見た旦那さまが驚いた表情でお尋ねになりました。


「父をご存じなのですか?」

「私も剣術の心得があるのでな。それでミヤモト殿の名を知らぬとあらば不届きにも程があるというものだ」

「光栄に存じます」

「では君も剣術を?」

「はい、多少ですが……」


 嘘です。私はどの門下生よりも厳しく父に仕込まれたので、すでに道場では師範代をつとめるまでになっていました。でもまさか旦那さまがあんなことをおっしゃるとは思いませんでしたし、女だてらに剣術の師範代を務めているなどとは言いにくかったのです。だから少しばかり言葉を濁したのですが、それが間違いの元でした。


「そうか! ではひとつ手合わせをしてくれぬか。ミヤモト殿の剣術、この目で確かめてみたい」

「は……はい?」


 こうして私はご奉公の面接で、雇い主となられる旦那さまと剣術で仕合をすることになってしまったのです。

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