第9話 どうかご無事で
タケダ王国に旅立つ前夜、ユキさんの部屋に俺とアカネさん、それにカシワバラさんとサトさん、部屋主であるユキさんの五人が集まっていた。サトさんとこうして話すのは初めてだが、第三夫人として話に加わりたいということで閣下から特別に許可をもらってきたそうだ。カシワバラさんはタケダの内情を知る唯一の人だから、色々と参考になる話が聞けたらいいと思う。
ちなみに明日からしばらく会えなくなるということで、俺の隣は右にサトさん、左にカシワバラさんが座っている。
「私が最後に仕えていた
「だとすると残りのくノ一は?」
「分かりません」
カシワバラさんによると彼女がくノ一に加わったのは、俺の前に現れる一年くらい前だということだった。その一年間はくノ一としての修練に明け暮れていたため、他にどんな人がいたのかということはあまり分からないらしい。
ところでくノ一の修練って何をするのかめちゃくちゃ気になるよね。だけど今の雰囲気でそれを聞くのは確実に俺の命取りになりそうだから、ここは辛抱するしかないだろう。
「それよりも問題なのはサイカの残党です。当主である父が捕らえられ、
「カシワバラ先輩、それは仕返しに来るかも知れないということですか?」
沈痛な面持ちのカシワバラさんがゆっくりと肯く。
「サイカもくノ一もトラノスケ殿下の配下にいた者たちです。当然、殿下を捕らえ自害に追いやった国王陛下や、後を継ぐイチノジョウ殿下に恨みを持っているとしても不思議ではありません」
「そんな時に
「あるいは最悪の場合、我が国との戦争に発展ということも……」
「戦争?」
ユキさんの余りに突拍子もないと思われた発言は、しかし彼女の次の言葉で充分にあり得ると思えた。
「私たちにはアヤカ様……王女殿下がご同行されているのです。万が一にも殿下の身に何かあったら……」
「そうか、姫殿下が襲われて命を落とすようなことになれば……」
「おそらく陛下が黙っていないと思います」
オダを封じ込めるためのあの凧が、隣国を攻め落とすために使われるかも知れないということだ。それだけは何としてでも避けなければならない。
「あ、あの……あっちでは騎馬隊の護衛がつくのですよね?」
それまで不安そうに話を聞いていたサトさんが恐る恐る口を開いた。彼女にしてみれば話に加わったものの、これまでの経緯をほとんど知らないのだから心細くなるのも無理はないだろう。
「大丈夫だよサトさん。最強の騎士団と言われるタケダの騎馬隊が大勢で護衛してくれることになっているから」
そう言って俺はサトさんの肩を抱いた。すると果樹園を思わせる甘い香りと、ふわふわした柔らかい感触が俺の右半身を包み込む。当のサトさんも全く抵抗することなく身を任せてきたものだから一瞬我を忘れそうになったよ。ところがそこでふと目を上げると、他の面々から殺気のこもった物凄い視線を浴びせられていた。
「ヒコザ先輩、今は鼻の下を伸ばしている時ではありませんよ!」
「は、はい、すみません」
「……後で私にすればいいのに……」
「え? ユキさん今何か言った?」
ユキさんが小声で何か呟いていたが、俺の耳にはよく聞こえなかった。
「別に何も!」
「お嬢様は後で自分にしろと言われたのです。もちろん私にもお願いします」
「ちょ、アカネさん!」
アカネさん、報告ありがとう。ユキさんは真っ赤になって否定していたが、ユキさんのそういうところが俺は好きだ。
「そんなことより! ここは明日のことを話し合う場ではないのですか?」
あたふたするユキさんは本当に可愛い。ストレートに自分をぶつけてくるアカネさんも愛おしく感じる。そんな姿を見てクスクス笑っているカシワバラさんは何か魅力的だ。こんなに可愛い女の子たちに囲まれて、俺は何という幸せ者なのだろう。
「もし本当に敵が現れた場合、具体的にはどう振る舞えばいいのかな」
話を元に戻したのは俺だ。出来ればユキさんもアカネさんも危険な目には遭ってほしくない。しかし楽観視するわけにはいかないから作戦は必要だろう。
「ヒコザ先輩には申し訳ありませんが、一番の護衛対象はアヤカ様ということになります。敵も狙うとすればアヤカ様が第一目標になると思いますので」
「いや、それは当然だよ。俺より姫殿下を優先してくれ」
「なのでいざという時は私がアヤカ様をお護りします。ヒコザ先輩はアカネさんが護って下さい」
「お嬢様、よろしいのですか?」
「元々私はアヤカ様の付き人なので。そういうわけだからアカネさん、ヒコザ先輩をよろしくね」
「承知しました。おはようからお休みまで……」
「あっちに着いたら寝る時は別々です!」
別々なのか、ちょっと残念だがまあ仕方ないだろう。それにあの姫殿下まで一緒の部屋に泊まるなんてことになったら俺が眠れない。この後は他愛もない雑談が続き、夜も更けてきたので解散となった。
「どうか、どうかご無事で」
皆と別れて部屋に入る直前に、自分の部屋に帰ったはずのサトさんが駆け寄ってきて、俺の背中に抱きついて呟いた。振り向いて抱きしめようとしたが、彼女はすぐに離れて駆け出していた。
「サトさん、ありがとう」
俺は泣きながら走り去っていくサトさんの後ろ姿に、小さな声で応えるのだった。
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