第20話 タケダ王国の陰謀 6

 その日、タケダ王国に激震が走った。未だ国民には知らされていなかったものの、国王ハルノブの急死が一部城内の者たちの知るところとなったのである。玉座に構える王はすでに亡骸なきがらであり、魔法使いの手によって操られるのみとなっていた。


「では周辺諸国へは父の死を隠せと申すか?」

「はい、それが陛下の遺言にございますれば」


 イチノジョウは今は亡き父、国王ハルノブの重臣であったツチヤ・マサツグと玉座の後ろにある隠し部屋で相対していた。マサツグは数多くいるタケダの重臣の中にあって、殊更ことさらに父が目をかけていた男である。遺言が肉親である自分やトラノスケではなく、彼に託されていたとしても何ら不思議はなかった。


「特に西のオダには少なくとも二年は知られてはならぬと仰せでした」

「つまりその二年の間にこの国をまとめ上げろということだな」

「御意」

「オダ方の間者かんじゃは全て始末したのか?」

「おそらくは。少なくとも城内には潜んでいないものかと……」

「よし、今城内にいる者には箝口令かんこうれいを敷け。それから城の周囲九町と一里に検問所を設置して出入りを厳重監視だ」


 九町は約一キロ、一里は約四キロの距離である。


「検問所は内側は南北に一カ所ずつ、外側は四方に一カ所ずつだ。それ以外の街道は全て封鎖し、抜けようとする者はその場で殺しても構わん」


 イチノジョウはこの他、いくつかの厳令を出した。


 一つには検問所を通るための通行証は、この国に三代以上に渡って住んでおり、更に一度も国外に出たことがない者に関しては地主権限で発行可能とした。実は各王国間の出入りは元々厳重に規制されており、商人以外の国民は滅多なことで国を出入りしたりはしない。よって民衆の八割方がこれに当てはまるのである。それ以外の者は役場にて審査の後ということだ。


 二つ目はオダ方からの入国規制であった。オダ国側から来た者は国境に置かれた施設より内側に入ることは許さず、例外は認めなかったのである。たまたま商取引などでオダ帝国に出向いていた商人も同様で、たとえ国内に家族がいても面会は警備兵立ち会いの許、その施設内でしか許されなかった。むろんオダ国側へ出ることは完全に禁止されたのは言うまでもないだろう。


「しかし検問はいいとして、そこまでしてしまっては国民の不興ふきょうを買いますぞ」

「オダが攻め込んできたとなれば、まず先に苦しむのはその国民だ。それとなくオダに不穏な動きがあると噂を流しておけ。そうすれば多少は我慢も出来よう」

「では検問所の警備兵も新たに募りますか?」

「そうだな、特に国境と内側の街道には屈強な者を置きたい。給金に糸目はつけぬ。早々に強者を発掘して参れ」

「はっ! それからこれは事実上の国境封鎖にございます。あのオダが黙っているとも思えませんが……」

「使者が来たら国内で疫病えきびょう蔓延まんえんしているためだと言って追い返せばよい」

「御意」


「国王陛下に申し上げます! オオクボ王国へ送った使者が帰参いたしました!」


 二人の会話がちょうど途切れたところで、玉座の間の扉の向こう側より衛士の声が高らかに鳴り響いた。


「使者? 誰だ?」


 イチノジョウは父がオオクボ国に使者を送っていたことを知らされていなかったのである。


「おそらくはヤシチかと」

「どのような者だ?」

「生前陛下が好んで使っていた他国の抜け忍です。信用出来ると思います」

「分かった。通せ」

「陛下がお許しになられた。通せ!」


 イチノジョウとマサツグが玉座に座ったハルノブの左右に立つのと同時に扉が開かれ、町人風の衣をまとったヤシチが入ってきてひざまずいた。


「ヤシチと申したな、おもてを上げよ」


 ここでヤシチは妙だと思った。いつもならハルノブは形式的な言葉は吐かずに、すぐに報告を求めてくるからだ。しかも今自分に声をかけたのはハルノブではなく、その横に立っているイチノジョウだった。国王と第三王子が並んで玉座の間にいるところなど、彼はこれまで一度も見たことがなかったのである。


「陛下はここにおられるがご気分が優れぬゆえ、報告は私が代わって聞こう」

「はっ! ではイチノジョウ殿下に申し上げます」


 報告はまずオオクボ国王が告げた今後の振る舞いについてだった。


「オオクボ国王陛下がそのように言われたか。相分かった。機を見てオオクボ王国を訪ねるとしよう」

「それからイチノジョウ殿下、私は帰りに殿下をお見かけいたしました」

「私を? どこでだ?」

「オオクボ王国内です」

「何を言っているのか意味が分からん。有りていに申せ」


 ヤシチは帰参の途中に会った、肌と瞳の色以外は目の前のイチノジョウに生き写しの男、つまりヒコザの存在を告げた。


「殿下がお忍びでの地を訪問されているものだとばかり思っておりましたが……」

「私はここ数年、この国から一歩も出ていないぞ」

「ではやはりあれは全くの他人……」

「だが実に面白い報告だ。その者の素性は調べたのか?」

「申し訳ございません。帰路を急いでおりました故……」

「構わん。よし、帰参して早々で大儀たいぎだが、再度オオクボにおもむ其奴そやつの素性を確かめて参れ」

「はっ!」

「それからヤシチ、次に帰参するまで城内の者と言葉を交わすことを禁じる」

「はっ! 誰とも言葉を交わさずに発ちます」


 そう言うとヤシチはすぐにその場を離れて玉座の間から出た。なぜ城内の者との会話を禁じられたのかは分からなかったが、今の玉座の間でのやり取りで大方の予想はついた。あそこに鎮座していた国王はすでにこの世の者ではないに違いない。生気があるかないかを見抜くことなど、元忍者のヤシチには造作もないことだったのである。


「次の王はイチノジョウ殿下ということか。身の振り方を考えねばならんかも知れんな」


 呟いたあと、ヤシチは城を出てオオクボ王国への途を急いだ。

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