第16話 タケダ王国の陰謀 2

「陛下、タケダの動きが妙でございます」


 玉座に深く腰を落ち着けているオオクボ・タダスケ国王の耳元で、その側近であるガモウ・ノリヒデが小声で囁いた。王の前にひざまずくのはタケダからの使者、ヤシチである。彼は密書を携え、再びこの地を訪れていたのだ。


「久しいのうヤシチ、おもてを上げよ。此度こたびの用向きを申すがよい」


 オオクボ王はノリヒデに軽く肯いた後その手から密書を受け取ったが、書を開くことなくヤシチに声をかけた。密書に書かれた内容を直接彼の口から聞こうということである。密書とは言え、目の前の使者が中身を知らないはずはない。


「オオクボ国王陛下にはますますもってご健勝のこととお慶び申し上げます」

「堅苦しい挨拶はよい」

「はっ! 先だってのオーガライト盗難の件、並びに貴国のご協力を仰ぎ無事に捕らえました忍者どもの素性についてご報告に参りました」

「ほう、首謀者が分かったと申すのだな?」

「御意」

「何者だ?」

「恐れながら、いずれも首謀者はタケダ王国第二王子タケダ・トラノスケ殿下にございました」

「トラノスケ殿だと? それはまことか?」

「我が主は大変お恥ずかしいこととお嘆きになられておいでです。しかし御身おんみの血を分けた肉親とは言え貴国を騒がせた罪は許されないこと。厳しく処断するとの仰せでございます」

あい分かった。心中お察し申し上げると伝えてくれ」

「お言葉、主に成り代わりまして深くお礼申し上げます」


 ヤシチはそのままの姿勢で頭を下げると、再度オオクボ王の顔を見据えた。


「どうした、まだ何かあるのか?」

「オオクボ国王陛下、実はここからが本題でございます」

「ほう? よい、申せ」

「はっ! 我が主は高齢ゆえ、間もなく家督かとくを第三王子イチノジョウ殿下にお譲りするお考えにございます」

「なに、ハルノブ殿が隠居されると申すか?」

「はい。つきまして国王がイチノジョウ殿下に代わった後も、よい関係を続けたいとのこと。よろしくお願い申し上げます」

「うむ。ではイチノジョウ殿が王位を継承されたあかつきには我が国を訪れるがよかろう。応えはイチノジョウ殿の人となりを見てからだ。それでよいな?」

「はい、もちろんでございます。国元に帰ったらすぐにそのように報告させて頂きます」

「時期にもよるが余は公務多忙ゆえ戴冠たいかん式への出席は叶わぬと思う。しかし然るべき者を祝いの席に送ると申し伝えるがよい」

「はっ! 恐悦至極きょうえつしごくに存じます」


 現王はともかく、王位が継承されたとなれば地位は明らかにイチノジョウよりオオクボ国王の方が上になる。つまり初めはタケダ側から出向いてくるのが筋ということだ。


「時にヤシチよ、ハルノブ殿は健勝であらせられるか?」

「はい、陛下は御年おんとし八十を超えているとは思えないほどに壮健そうけんであらせられます」

「うむ、安心した。用向きは以上だな?」

「はい」

大儀たいぎであった。気をつけて帰るがよい」

「お心遣い、痛み入ります。それではこれにて」


 ヤシチが去ると玉座の間にはオオクボ王とノリヒデの二人だけが残る形となった。


「どう見る、ノリヒデ?」

「申し出が不自然のように感じました」

「しかしこの密書の花押かおうは紛れもなくハルノブ殿のものだ」

「密書と言えどもあくまで書に過ぎませぬ。直接お顔を拝したわけではございますまい」

「そちの申す通りだな。これはやはり……オダの動きにも目を光らせよ」

「御意」


 ノリヒデに指示を出した後、目の前を去る彼の後ろ姿を見送りながらオオクボ王は眉間みけんしわを寄せて思慮に入った。タケダの国王がイチノジョウに代替わりしたとなると、国内を落ち着かせるために少なくとも数年はかかるだろう。これは東方に侵出をはかるオダ方にとってまたとない好機でなる。そして万が一タケダがオダの手に落ちれば、次にこのオオクボ王国が狙われるのは必定ひつじょうと言わざるを得ない。


 この国では生活資源であるオーガライトが豊富に産出される。しかしその生活資源でさえ、皮肉にも先だってのオウメ村の惨劇によって軍事利用が可能であることが証明されてしまった。これをもしオダが知って手に入れたとなれば、凄惨な戦乱の世へと突き進むことになるのは火を見るより明らかである。それだけは何としてでも阻止しなければならない。


「モモジ! モモジはおるか!」

「こちらに控えております」


 声は玉座の背後から聞こえた。モモジ・タンバ、彼はこの国王が密かに召し抱えている忍者である。


「モモジ、言わずとも分かるな?」

「三日もいただければ」

「よかろう、頼んだぞ」

「お任せを」


 言葉が終わらないうちにタンバは霧の如くにその姿を消した。彼は忍者であり魔法使いでもある。彼はこれまで受けた命令をし損じたことは一度もなく、それだけに国王からの信望もあつかった。


「頼んだぞ、モモジ」

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