平凡だった俺が異世界基準では超絶イケメンでお姫様の付き人に好かれているようです

第7話 君はうちの娘に何をしようとしていたのかな？

「君がコムロヒコザ君だね。お初にお目にかかる」

「は、はい！　男爵閣下にはご、ごきげげ……」

「よいよい、堅苦しい挨拶は抜きにしたまえ」

　タノクラ男爵の第一印象は気のいい親戚の叔父さんという感じだった。それでもさすがに平民の俺でも分かるほどの貴族としての気品を漂わせている。加えて着席していても分かるスラッとした長身に厚い胸板は、服の上からでも充分に男性としての魅力を醸（かも）し出していた。ちなみに面構えは俺から見ればちょい悪オヤジ的な渋さが見て取れるので、おそらくこっちの世界では美男子の部類には属さないタイプなのではないかと思う。

「まずは席につきたまえ。乾杯といこうじゃないか。君は十六歳と聞いたからワインくらいならいけるだろう？」

　自慢じゃないが前世では死ぬ間際まで酒豪でならした俺だ。酒は弱くないし嫌いでもない。しかし心配なのは今のこの体がアルコールに耐えられるかということである。まあ、なるようになるだろう。

「いただきます！」

「ちょ、ヒコザ先輩！　お酒なんか飲んで大丈夫なんですか？」

「ユキさん、心配しなくても大丈夫だよ。それにせっかく男爵閣下がお勧め下さっているんだ。戴かないと失礼なんじゃないかな」

「ほう、見た目だけでなく気概（きがい）も大したものじゃないか」

　言いながら男爵はメイドさんからワインボトルを取り上げ、自ら俺のグラスにワインを注いでくれた。これはお返しをしなければならない。俺は男爵からボトルを受け取り、高級そうなグラスにワインを注ぎ返した。

　その時俺は早く気付くべきだったのだ。久しぶりに嗅いだ酒の匂いだけで半分酔ってしまっていたということを。だが、高揚した気分は相手が男爵閣下だということを忘れさせ、恐れも消えてだんだんと俺を饒舌（じょうぜつ）にさせていった。

「君は自宅でも酒を飲むのかね？」

「いいえ、実際に飲むのは今日が初めてとなります」

「ヒコザ先輩、本当に大丈夫ですか？」

「だがなかなか堂に入った手つきだぞ」

「お褒めに与（あずか）り光栄に存じます。ユキさん、ご心配には及びませんから」

　グラスを傾けながら手前に差し出し、乾杯の仕草を見せて男爵を誘った。

「男爵閣下、本日のお招きに感謝致します」

「うむ」

　俺は久しぶりに、実に十数年ぶりに酒を口にふくみ、その味を堪能しながらワインを一気に飲み干す。うん、これは実に美味い酒だ。それに予想通り、というよりもそれ以上に美味い料理、特に肉は絶品だった。こんなもの今まで二回の人生で食べた記憶がない。

「おお！　なかなかイケるではないか」

「男爵閣下、このワインは美味いですね！」

「ひ、ヒコザ先輩！」

「大丈夫らいじょうぶ……」

　たったグラス一杯のワイン、しかしこちらの世界に来てからこれまでアルコールを飲み物として体に入れたことがなかった俺は、急激に酒が回ってクラクラしながらもいい気分になっていた。そんな中でも何とか姫殿下から賜（たまわ）った懐剣（かいけん）も無事に見せ終わり、三杯目のグラスを空にした頃である。

「ユキさんはれすね、ヒック！　もっろ自分に自信を持った方ら、ヒック！　いいろ思うんれすよ、ヒック！」

「ヒコザ先輩、もうやめた方が……」

　さらに饒舌に話を続ける俺の横に来てワイングラスを取り上げようとするユキさんを、男爵閣下が手を挙げて制していた。この時の俺は気付かなかったが、その顔は笑っていても目つきは鋭く俺を観察していたのである。

「ほう、我が娘にはもっと積極的になれ、と？」

「そう！　さすが閣下！　ヒック！　ユキさんはれすね、本当に可愛いんれす！」

「そうか。何をしている、コムロ君のグラスが空になっているぞ」

「ちょっと、父上！」

　俺はユキさんの声より目の前に注がれたワインに目を移した。そしてその一杯もグイっと喉にながす。意識は朦朧（もうろう）として瞼（まぶた）は重くなってきたが悪くない気分だ。俺の体は前後左右にふらふらして口はますます軽くなり、さんざんユキさんを褒めちぎった後にメイドさんたちの容姿も褒めまくって、ついに男爵の容姿にまで及んでいた。

「らんしゃく様も、ヒック！　ちょい悪オヤジって感じれす、ヒック！」

「ちょい悪オヤジ？　それはどういう意味かね？」

「カッコいいってころですよ、もうね、ヒック！　俺が女なら惚れちゃうくらいれす！」

「そ、そうか。君のご両親はどうなのかね？」

「ん？　うちの両親……？　そう！　聞いれくらさい！」

「聞こうじゃないか」

「母ちゃん、うちの母ちゃんがれすね、今日、大銀貨を持たせてくれたんれす！　まだ十六の俺にれすよ！　すごいと思いませんか？」

「大銀貨をか」

「そうれす！　大銀貨れす！」

「ヒコザ先輩、飲み過ぎですよ。もうその辺で……」

「ユキさん！　何を言っれるんれすか！　まだまだこれかられす！　見てくらさい、らいぎんか！」

　俺は酔って危うい手つきながらズボンのポケットに手を突っ込み、出がけに母ちゃんから渡された大銀貨を出そうとした。しかし思うように銀貨を掴めなくてなかなかうまく取り出せない。どうやら何かが引っかかっているようだ。

「ん？　何らこれ……」

　面倒になった俺はポケットを裏返すようにズボンの外に引っ張りだした。当然大銀貨はポケットから滑り落ちて床に転がったが、それを拾おうとして屈（かが）んだ俺の目の前にはらはらと降ってきたものがあった。突然メイドさんたちが真っ赤になりながら小さな悲鳴をあげる。その悲鳴が引き金となり、俺の動きもまるで一時停止ボタンを押したようにピタッと止まってしまった。

「どうしたね？」

　男爵閣下もメイドさんの視線を追い、そこで言葉を失ってしまう。俺はゆっくりと男爵の方に顔を向け、一瞬にして酔いが覚めるのを感じていた。

「君はうちの娘に何をしようとしていたのかな？」

　床に散らばって皆をドン引きさせたもの、それは母ちゃんから出がけに大銀貨と一緒に手渡された五、六個の避妊具、いわゆるコンドームだった。

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