第3話 彼女にするならドキドキときめくような相手がいいと思っている

「それにしても物騒だよな。ヒコザ、お前んとこは大丈夫なのか?」

「何がだ?」


 朝、学校で最後列の自分の席につくと、開口一番チュウタが振り向きながらそんなことを言ってきた。チュウタは席順が俺の前で、身長は俺より十センチくらい低い。それでもこっちの世界では大きい方で、それより背が高い俺は実はある意味規格外といったところだ。


「オーガライトが大量に盗まれたって事件だよ。知らないのか?」

「ああ、それなら知ってる。昨日遅くに父ちゃんが役場に呼ばれたからな」


 オーガライトは王国によって流通が管理されている。だからそれを産出する山を持っているからといって、勝手に掘って使うことは許されていない。俺が役場にオーガライトを納めに行ったのはそのためである。父ちゃんが掘ってきたオーガライトは一度役場に納め、うちはその量によって代金を受け取る仕組みというわけだ。山は王国の兵士によって厳重に護られており、自分の山なのに自由に出入りすることも出来なかったが、その代わり他人に盗まれることもないし流通管理のお陰でオーガライトが大きく値動きするということもない。そのような理由で我がコムロ家の収入は、平民でありながら高いところで安定しているのである。


 蛇足ではあるが、うちで使用するオーガライトも流通品を買っているのだ。


「でも大丈夫さ。だいたいうちには普通の家にあるのと同じくらいの量しかないし、山は兵隊さんが護ってくれてるからな」

「にしても妙だよな。あれって売れるには売れるけど宝石ほどの価値があるわけじゃないし、売りさばくのだって苦労するだろうし」

「いや、実はそうでもないんだ。他の国ではこっちほど採れるわけじゃないからそれなりに高値がつくんだよ。確かに宝石と比べるとただの石ころに毛が生えたようなものではあるんだけどな」


 王国は他国との貿易で潤っているため、仁政じんせいが敷かれていると言っても過言ではないかも知れない。


「そうか、何も王国内で売りさばかなくても他国に持ち出せばいいってことか。でもそれにしたって効率は悪いんじゃないか?」

「まあな、石ころよりはずっと軽いけど盗んで運び出してって危険をおかしてまで手に入れなければいけないような物でもないかな。それに誰でも簡単に出来るけど、使えるようにちょっと加工も必要だからな」

「じゃ、何でだろうな」

「そんなこと俺が知るわけないだろ」


 チュウタにはこう言ったが、実は俺はこのどこの家にでもある生活必需品が、とんでもないことに使えるのではないかと懸念していた。この世界の人たちは気づいていないようだし、永遠に気づかないことを願ってはいるのだが。


「それもそうか」


 ちょうどそこで先生が教室に入ってきたので、チュウタとの話はいったん終わりとなった。




 昼休み、俺はチュウタと二人で校舎の裏手にある人目に付きにくい林の中に来ていた。こうでもしないとクラスメイトだけでなく、他のクラスの女子も訪ねてくるのでまともに昼飯が食えないのである。モテるのは悪くないと思うが、飯くらいはゆっくり食いたいというわけだ。


「それでチュウタ、出店の手伝いはいいのか?」


 祭りは明日から三日間の日程で行われ、姫殿下の裳着もぎの式典ということで学校もこの三日間は休みになる。


「いや、ダメだった。悪いけどお前だけで行ってくれ」


 チュウタの家、オガタ食堂は村で唯一の外食店である。安くて美味いので、歩いて一時間以上もかかる距離をわざわざ王都周辺から食べに来る人もいるくらいだ。さすがに祭りで食べ物関係の出店がオガタ食堂一店だけということはないだろうが、遠く王都まで名が知れ渡った店である。客が押し寄せてくることは目に見えているので、チュウタが手伝いに駆り出されるのも仕方のないことだろう。


 しかし、ということは俺はキミエさんたちと一緒に祭りに行くことになるな。キミエさんやクミ先輩はいいとして、ケイ先輩が一緒だと思うとちょっと憂鬱ゆううつだ。あの人めちゃくちゃ馴れ馴れしくて、俺と歩く時は必ずと言っていいほど腕を組もうとするし、ボディタッチもかなりきわどいところまで攻めてくる。それでも六十過ぎた以降の爺さんだった頃なら何ともないが、今の俺は十六歳の元気いっぱいな体に生まれ変わっているのだ。好きでも何でもない相手で、しかも好みのタイプじゃなくても悲しいくらいに下半身が反応してしまうのである。そんなところを前に一度ケイ先輩に見られたもんだから、勘違いに拍車がかかってしまったというわけだ。


「まあ仕方ないか。昼時過ぎて落ち着いた頃にキミエさんたち連れて飯食いに行くよ」

「え? おま、何でキミエ先輩と?」


 実はチュウタはキミエさんのことが好きらしい。チュウタ、俺はお前のことブサイクだとは思わないけど、取り立ててイケメンというわけでもないからキミエさんは高嶺の花だと思うぞ。何故なら学校ではケイ先輩ほどではないが、キミエさんも美人として五本の指に入るくらいの人気があるからだ。対してチュウタは勉強も運動も普通の、いわゆるモブキャラ的な目立たない存在である。そのチュウタの唯一のアドバンテージと言えば、俺と仲が良くていつも一緒にいるといったところだろうか。つまり俺といるお陰でキミエさんにも認知されているし、俺目当てという前提はあるものの他の女子とも接点があるということだがそれだけだ。もっとも男女の仲なんてどう転ぶか分からないし、俺としては応援してやりたいとは思っている。


「ケイ先輩だよ。俺の名前出したのは」

「くぅ! 俺も手伝いがなかったらなぁ」

「お前がいたらキミエさんたちとは一緒に行かなかったから」

「しかしヒコザも変な奴だよな。あんな美人のケイ先輩に言い寄られても全くなびこうとしないなんて。お前もしかしてブス専か?」

「ブス専とは失礼な奴だな。まあ、確かに俺の好みはちょっと特殊かも知れないけど」


 何たってその辺りの好みは、美醜びしゅうの感覚が逆転した日本人だった頃とあまり変わってないからな。あと余談だが味は薄味が好きだし、辛いものより甘いものの方を好む。


「お前、どっちかってえと基本的にモテない女子の方に優しくするじゃん。だから勘違いしてるのも実際多いぜ」

「そうかな。意識したことはないけど」

「そうだって。それにケイ先輩のこと本当はうるさがってるだろ。ケイ先輩はお前の彼女気取りでいるみたいだけど、その辺を見透かしてる女子も意外にいるから期待持つ奴が増えるのは当然ってことだよ」

「ケイ先輩のことは実際何とも思ってないけど、だからってそれで期待されてもなあ」


 俺は苦笑いで答えるしかなかった。クラスには俺基準で可愛いと思える女子もいるし、他のクラスも合わせればそれなりに好みのタイプと言える女子は何人かいる。しかしそれは見た目がそうであるというだけで、恋愛感情が芽生えるところまでは行きつかないのだ。高望みをするつもりはないけど、彼女にするならドキドキときめくような相手がいいと思っている。早くそんな相手と巡り合ってみたいものだ。


「とりあえずキミエさん連れて店にくるんだな? なら昼八ツから八ツ半辺りが空いてると思う」


 昼八ツは午後二時、八ツ半は午後三時のことだ。


「分かった。その頃に行くことにするよ」

「絶対だぞ! 混んでても席空けとくから!」


 鼻息を荒げて言うチュウタに苦笑いしながら、俺は昼休みが終わる鐘の音を聞いていた。

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