第4話 巡査になりました-Ⅲ

「そんじゃあ、仕事するか」

「はい。何からするのでしょうか?」

気を取り直して背筋を伸ばす。

「とりあえず朝の安全活動だな」

「安全活動……?」

「ほら、近くに小学校あるだろ? その辺りの交差点が危険だから、未然に防ぐって意味でな」

「なるほど。…………先輩はアレですか」

「アレ?」

「俗に言うロリコンという者ですか?」

「ち、違うぞ。俺は警察だぞ。そんなの俺が逮捕されるだろ」

熊宮は意表を突かれたように汗を少し垂らした。

「冗談ですよ熊宮先輩。安全活動くらい分かってます。これはさっきのお返しです」

出会って数分。度胸のある返しだ。

琴姫は自分の正しいと思ったことを行う性格である。熊宮が嫌いだとかではなく、ただただ裏表のない純粋な人なのだ。


「冗談言ってないで、ほら行くぞ」

少し肩の力が抜けたようだ。新人は図太そうだと思いながら、熊宮たちは交番を後にした。


そうして歩くこと五分。小学校付近の交差点に到着する。


「まあ、登校時間の二十分くらいここで安全を見守る仕事だ。俺は奥側を担当するから、琴姫巡査は此処を頼むな」

「了解しました」

ほどなくして子供たちはやって来る。

「おはよう!」

熊宮の方に子供たちが来て、赤信号で立ち止まるのと同時に挨拶をした。

「よう、くま!」

小学三年生の男の子だ。活力のある幼い声が響く。

「略す上に呼び捨てはやめろって言ってるだろ」

「親しみがあっていいだろ」

「このやり取り毎回する気じゃないだろうな……。まあ相変わらずの元気さで何よりだ。だが、勉強の方も頑張れよ」

「うるせー」

「ったく生意気なガキだ。そんなんじゃあ俺みたいな警察官にはなれないぞー」

「……うぐっ」

「ほら青信号だ。危ないから気をつけろよ」

熊宮はそう言い子供たちを誘導した。

口調こそ悪いものの、その関係性は良好のようだ。

――――少し馬鹿にしていましたけど、人気者なんですね。


出会ってすぐの揶揄いに、この人は大丈夫なのか、信頼できる人なのかと疑っていた。しかし、今の光景を見て琴姫は良き先輩なのだろうと思った。


またしばらくして、小学生が熊宮の方を通っていた。

「くまさん、おはようー」

「おう」

その声の主は小学二年生の女の子だ。いわゆる幼女だ。

「わたし、くまさんみたいな人と結婚するー」

唐突に純真な眼差しで女の子は言う。そこには揶揄からかいなどの邪心は一切無いのだが、琴姫には危ない人に見えた。

そして、熊宮の方へ行く信号は青を示しており、琴姫はそこへ向けダッシュした。


「熊宮先輩!」

「え? 何?」

「何ではありません。小さい子に何を言わせているのですか」

唐突に迫られた熊宮は困った表情を浮かべた。


「お姉さんだーれー?」

「こちらは今日からここで安全活動をしてくれる人だ」

熊宮が今の話を消すように説明する。

「えーと、琴姫優華です」

それに対して子供の前で大人気ない様子を見せるわけにはいかず、挨拶をした。

「お姉さん、くまさんにいじわるしちゃダメだよ」

「え? あ、うん…………」

子供はそう言い残し、学校の方へ歩いて行く。

「えーと…………」

琴姫は熊宮を横目に子供を見送った。

「本当に違う。断じて違う。マジで違うからな」

「そこまで否定するのは逆に怪しいと思います」

「は、話は後で聞くから、とりあえず持ち場に戻ってな」

熊宮は反対側を指差し言うと、そこに子供たちが来ていた。


「あ……すみませんでした」

警察としてどうなのかと思うが、琴姫は慌てて持ち場に戻った。

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