海硝子

ゆきひさ

ある喫茶店の日常

寒さも若干和らぎ、春の気配が足音を忍ばせながら近づいてくる季節。

喫茶店、AzureCafeでは、春の新作メニューについての会議が行われていた。

しかし、春の気配か。それとも、午後のまどろむような日差しのせいか。

それは遅々として進まず、オーナーであるハクは、帳簿と調理人フルーの顔を交互に見やりながら、首を傾げるばかり。

何故なら。

彼女、すなわちフルーの出す新作メニューが、お菓子関連のものばかりだからであったからである

「あの、フルー…」

「なんですか、オーナー」

「今日は春の新作メニューのレシピを考えているんだが…」

「パイでいいじゃないですか、もう」

なぜか常連客の隊長がいることに関しては、もう誰も気にしていなかった。彼の活動の8割はここで行われている。

お客あっての店である。たとえ3食がパイだとしても。

「そうだ、アップルパイとかは?」

「生クリームを入れるとかしてもおいしいかもね」

お菓子談義に花が咲き、脱線しかけている微妙な雰囲気に、今まで黙りこくって黙々とハクの帳簿を眺めていたルメが、ぼそり、とつぶやいた。

「パイの中に野菜とか肉とか入れたらいいんじゃない?」

フルーは瞬きし、ぱちん、と手をたたいた。

「じゃあ、それに、魚とか、ジャガイモとか、キャベツとか…」

自分の世界に飛んでいってしまったフルーの隣で、アップルパイは?と嘆く隊長の

そばの机には。

ちゃあんと、誰が書き込んだのか、パイの材料が書き込まれている。

誰かが材料を買いにいったのか、カフェの扉がばたん、と閉まり。

次の朝には試作品を食べる隊長が目撃されて。

AzureCafeは今日もある意味で平和なのかもしれない。

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