第13話 軋む音

 真っ白い空間にまた一人で立っている。ただ今回はいつもと違う。ここの奥、つまり今立っている場所から数十メートル先に何かが宙に浮いているのが見える。


「何だあれ...?何か、ごちゃごちゃしてないか...?」


 それが気になり興味本位でゆっくりと歩み寄る。すると思っていたよりも距離があり、なかなか辿り着けない。


「他に対象物が無いから、どんだけ遠いか分かんねえ...」


 このまま歩いても辿り着けないだろう、そう思い歩くのを止めた。その瞬間


 ガシャンッ!!


 と言う大きな音が聞こえた。どう考えても、あの宙に浮いているガラクタみたいな物から発せられた音だ。そう思い再び近寄ろうと走り出そうとした。しかし、一歩目を踏み出したところで突然世界が真っ暗になった。



 *****



「んっ.........。ん?ここ...、何処...?」


 いつの間にか眠っていたのか、瞼を開けるとそこは先程までいた図書館とは異なり、どこか見覚えのある天井がある。

 やっと起きた。全く、何して────」


「ほわああーーーー!!!良かった!!大丈夫なんですね!!」


「うわあ!何だ?!へ?何?何なの?!!」


 体を起こした瞬間誰かに思いっきり抱きつかれた。よく見ると、俺の体にめり込んでいる綺麗な金の髪が見える。


「何、年下の女の子に抱きつかれて、にやついてんのよ、気持ち悪い...」


「そんな顔してないだろ!」


 ユナさんが冷たい目でこちらを見ている。あの目はいつも俺を見下す目だ。何で今そんな目で見られなきゃいけないんだ?


「ちょっと君!とりあえず落ち着いてくれない?!そして、一旦俺から離れてくれないかな?!」


 俺にしがみつくそれを両手で引き離すと、見覚えのある、寧ろ恐怖さえも覚える顔がそこにはあった。


「すいません!申し遅れました!!私、モーリヤ王国から命を受けてこちらの世界に参りました、シルビィ・バージライと申します!」


 見間違える筈が無い。俺の目の前でちょこんと正座をしている少女こそ、図書館で俺をボコボコにしてくれた女の子、その人だ。


「何で君がいるの?!てかここって...、俺の部屋だよね?何でユナさんと君が俺の部屋にいるの?」


 訳も分からず喚いていると、ユナさんが呆れた顔で


「何でって、図書館の前であんたを待ってたら、いつになっても帰って来なくて、そしたら須藤って女の先輩があんたが先に帰ったって教えてくれたから後から帰ってきたのよ。そしたら、玄関にこの子がいて、あんたに会いたいって言うから部屋に上げたのよ。」


「君が?俺に?何で?まさか!まだ殴り足りないとか?!」


「違います!!」


 シルビィを名乗る女の子が、初めて大きな声で叫んだ。その顔は至って真面目だ。


「私は謝りに来たんです...。」


「謝りに...?」


「私、てっきりあなたが魔道書を狙っている他の魔法使いだと勘違いしてしまって、それでつい周りが見えなくなって、関係の無いあなたを巻き込んでしまって...、本当にごめんなさい!!」


 そう言うと女の子が突然土下座をしだした。俺は即座にそれを止めさせた。


「ちょっ、ちょっと待って!何で?何で俺が謝られてるの?俺は、君にバッチを返そうと......、あっ!!俺、あれ割らなかった?あんまりよく覚えてないけど、ピンバッジみたいなやつ割っちゃった気がするんだけど...」


「バッチって、まさかあんた...」


 何故かユナさんが驚いた様な顔をしている。しかし理由を尋ねる間もなく。


「はい...、割れちゃいました...。」


 女の子はゆっくり顔を持ち上げながら、絶望にも似た表情でそう言った。時々、この子が本当は俺よりも年上なんじゃないかと思うところがある。それくらい憂いに満ちた表情をするのだ。


「あれがどれだけ大切な物か、あなたは知らないでしょう......。」


「う、うん...」


「どうしてくれるんですか??!!帰れなくなっちゃったじゃないですか!!!!」


 さっきとは一変して、とても強い口調で俺を責め立てる。さっきから謝られたり、怒られたりで忙しないな。


「あれが無いと私は”あっち”の世界と連絡はおろか、帰る事も出来ないんですよ?!どうしてくれるんですか!!責任取って下さいよ!」


 責任?待ってくれ、俺にそんな甲斐性は無いぞ。


「でも、最初に手を出したのは私ですもんね...。私が悪いんです...、分かってます...。」


 この子感情の起伏が激しいな。


 流石に何も言わないのもこの子にとって悪いだろうから、何か言わないとそう思い


「いや、でも、俺もあの時魔ど───」


 俺がそう言いかけた瞬間、ユナさんが驚く速さで俺の口を塞いできた。あまりにもがっちりと塞ぐものだから、呼吸が出来ない。


「んー!んん!!んーー!!ぷはぁ!はあ...、はあ...、何?!」


 後少し、酸素を遮られていたら俺は再び眠りについていただろう。だからユナさんの方を睨む様にして見たが、彼女は黙って首を横に振っている。まるで、その単語を口にするな、とでも言っている様だ。




「ただいまーー!!」


 すると突然下の階から声が聞こえた。嫌な予感がする。


「トーマとユナちゃんは帰ってきて............、あれ?!!知らない靴がある!!!まさか!!!」


 来るな来るな。やめてくれ。頼むから、こっちに来るな。


 そう願っても、階段を駆け上がる音が徐々に近づいてくる。普段はそんな速さで階段を上ったりしないだろ。


「ちょっとトーマ!!あんた今度は.........、中学生!!??」


 最悪だよ。何でよりによってはる姉がこのタイミングで帰ってくるんだよ。


「あ、はるさんおかえりなさい。」


「ユナちゃん、ただいま!」


 おいおいユナさんさっきから黙ってると思ったら、まさかこの状況飽きちゃってる?


「は、はる姉...、これには訳があってね...」


「はじめまして、私シルビィと言います。こちらの方に大切な物を奪われた者です。」


 ちょっと待ってくれ、何だその誤解を招きかねない表現。そんな事言ったら


「ちょっと!トーマ!!あんた年下相手に何したの??!」


 言わんこっちゃない。


「何もしてない!何もしてない!!むしろ、されたのこっち!!」


「えっ?!まさか、襲わ......」


「違うわ!!」


 俺の知る中で、一番うるさくて一番面倒臭いのが帰って来てしまった。頼むから、黙ってくれないかな。何なら俺の部屋から出てってくれ。


「あ、私そろそろ帰りますね。どうやら体の方も大丈夫そうな様子なので。あそこでいきなり連れていかれた時は、どうなるかとヒヤヒヤしましたよ...」


 連れていかれた?誰に?そう言えば、図書館で殴られた箇所から痛みを感じない。今だって普通にベットから体を起こす事だって出来ている。どうなってるんだ?


「トーマあんた、やっぱり...」


「はる姉、一旦黙って。」


 俺は至って真面目な顔でそう言った。流石のはる姉も申し訳なさそうな顔をしている。


「本当に今日はすみませんでした。もし何かあったら言ってください。お詫びは何でもしますので。」


 何でも?


 そう思い少し想像してみたが、俺を見る冷たい四つの目に考えるのを止めた。


「それでは。...あっ!そうだ!出来ればお名前を伺っても宜しいですか?」


 既に部屋の外に出た女の子は、扉を少し開けながら小さく覗き込むようにして俺に尋ねた。


加木谷統眞かぎやとうま。皆からはトーマって呼ばれてるけど。」


「トーマさんですね!では、トーマさん。私のを壊してくれた責任はちゃんと取ってもらいますからね!」


 見とれるほどの満面の笑顔でそう言うと、少女は階段を降り、玄関を開けて帰って行った。


「トーマさん、質問してもいいですか?」


「却下だ。」


 俺にそう言われたはる姉は、舌打ちをして自分の部屋に戻って行った。




 気になったのが、ユナさんがほとんど喋らなかったという事だ。しかもまだ俺の部屋で座っている。


「ねえ加木谷。」


 俺がベットから立ち上がった瞬間、ユナさんが口を開いた。


「どうしたの?何でさっきずっと黙ってたの?」


「別に黙ってた訳じゃないわよ。私が喋る隙が無かったから喋れなかったのよ。」


 なるほど、シルビィって子一人だけならまだ喋れただろうが、あのうるさいはる姉が入ってきた事でより喋る隙が無かったのか。


 するとそれまでたいした事を口にしていなかったユナさんが、少し険しい顔をしてこう言った。


「ねえ...、あの子に私の事喋った?」


 私の事?つまりはユナさんの事か?いや、一言も喋ってないな。図書館にいた時は話が出来る状況じゃなかったし。


「ならさ、あの子を魔道書探しに利用しましょ。」


 ユナさんはいきなり何を言ってるんだ?


「あの子も魔道書を探してるんでしょ?そんな子があそこの図書館にいるってことは、やっぱりあそこに魔道書があるのよ。だから、あんたはあの子を上手く利用して魔道書を探してくれない?」


「ちょっと待てよ、利用するって何だよ。」


「あんたは何も知らないからいいかも知れないけど、魔道書を手にするという事はその人の運命を大きく変える事なの。今回だって、盗まれた魔道書を探し出した者には巨額の報酬金が支払われるし。おそらくあの子はそれが狙いなんじゃない?」


 ユナさんの言いたい事は分かる。ただ、”利用する”という言葉に引っ掛かる。


「まあでも無事で良かったじゃない。モーリヤの魔法使いって言ったら、上級魔法使いばかりよ?ついでに言うと、あの赤髪の炎の魔法使いもモリーヤの人間だけど、あいつはせいぜい中級止まりでしょうね。そんな子を相手にして生きてるんだから、よっぽどの幸運よ。」


 そう言い捨てると、目も合わせず部屋から出て行ってしまった。


 何なんだよ。



 *****



 翌日、俺達はいつもと同じ様に登校する。ただ、徐々に”いつも”が狂い出していた。

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