しかし魔王は発掘されてしまった!
夢渡
人間よ、今こそ立ち上がって下さい。
地下百階層からなるダンジョンの主にして、歴代最強と謳われる魔界の王。それが私だった――千年前までは。
「我こそは東の大陸最強と謳われる勇者の血を継し者。魔王め、いざ覚悟!」
「あの泣き虫の子孫ではないか、百年前から鍛えなおして来い。はい次」
小指一本で子犬の様な声を上げて近くの民家にぶち当てる。今日はまだ数が多い方だが、ハズレなのは勇者の列を眺めるだけで判断できる。どれもこれも底が浅い。
「なぁ商人よ、もうちょっとマシな奴は居なかったのか?」
「そうは仰られても魔王様。これでも大陸では腕利き揃いで御座います。中には名のある国の近衛騎士まで来ておられます。これ以上となりますと未開の地へ赴くほかありません」
ここ数百年ほど連れ添った商人の子孫が額に汗かき頭を下げる。私が持ってい世界地図ではこれ以上の豪傑は難しいらしい。
「どうして、どうしてこうなったのだ」
観客集う大広場。空が青く澄んで平和を称える街の中心で、私は落胆の色を隠せなかった。
千年前。今よりも世界が乱れていた時代に私は数多居る魔界の王として人間界に根を下ろした。だがそれぞれの王が勢力を広げんと人間どもを襲う中、私は数多の大陸を渡り歩いては、まだ見ぬ強者を求めて旅を続けていた。
勢力を広げるでもなく、悪事を働く訳でも無い。そんな旅を続けて百年。道すがらに救った村の宴会で、ついには幹部が大激怒。仕方が無いので部下たちへの示しをつける為、私はその地に城を造らせた。
百の層からなる巨大なダンジョン。降りるにつれてその規模は大きく強く荘厳に。悪事の管理は幹部に任せ、私は百年来の眠りについた。自分を起こしに来るであろう勇者を夢見て……
そう、私は強者と戦いたいだけなのだ。世話焼きたがりの四天王も、泣く子も黙る百万の軍勢も金銀財宝眠る居城さえも、私には必要ない。血沸き肉躍る決闘を求めて、私は人間界に足を下したのだ。
だからその為に強者だけが辿り着ける城の造りを徹底したし、幹部共にはダンジョンへ誘い込むよう人を襲えと忠告もした。
だから私の眠る最下層に辿り着く人間は、きっと私の目にかなう強者であると確信していたのだ。
「どうかされましたか? 魔王様」
まぁ結果は商売根性猛々しい商人が私を起こしに来たのだが……。
「それで、その……魔王様? 仰られていた挑戦者千人。今回で到達しそうなのですが……」
「あぁ、地下七十階層の採掘権だったな。好きにしろ」
「あ、有り難う御座います!」
嬉しそうに採掘現場へ去っていく商人を見ながら、残りの相手を片付ける。街の離れにある採掘現場は深く広い口をあけ、最早ダンジョンであった頃の面影すら残っていない。
つまりは私が眠っている間に、人間たちは平和を取り戻し。日々押し寄せてくる冒険者一行は、長い月日をかけて私の万の軍勢諸共ダンジョンを攻略してしまったのだ。気付けば厳重に封印された最下層だけが残されて、威厳に煩い幹部共の趣向によって設計された内装は、人間たちの良い資金源と成り果てた。
攻略されて、掘り返されて、開拓され、一時は観光地にもなったダンジョン跡地。先の先祖が足を踏み入れる頃には凡人達でも解けるほどに封印の力は弱まっていた。
「…………」
私が発掘された頃には熾烈窮まる争いはおとぎ話。最初の頃こそまだマシだったものの、季節が一周して年を跨ぐにつれて、戦う指の数は減っていった。
「そろそろ旅にでも出ようか」
眠りにつく前にあらかた巡った世界とはいえ、まだ見ぬ大地があるかもしれない。目の前を飛ぶ鳥たちを羨ましそうに眺めていると、突然街の外から男が大声をあげてやってきた。
「なんだ突然。どうしたのだ?」
「た、大変で――って商人さんは何処に――まぁいいや。西の海から戻って来る商船が、突然現れた海を統べる魔王とやらにやられちまったんでさぁ」
「た、大変だ! 今度は北の森に――」
続々と上がる魔王出現の報。気付けば久しく返っていなかった魔界を思い出し、おそらく統べる者が居なくなって長く続いた魔界の乱世を誰かが治めたのか、倒されたはずの魔王が復活したのか、それともまた別か――ともあれこれで人間達が再び戦いを思い出せばもう少し戦い甲斐のある相手が生まれるだろうとほっとする。
「ねぇねぇ魔王のおじちゃん」
昔戦った名も知らぬ女神を連れた勇者との戦いを思い返し、これからの戦いに夢想していると、私の足をぱたぱた叩く子供がいた。
「なんだ子供」
「おじちゃんが魔王を退治してくれるんだよね?」
「私が――魔王を?」
魔王である私が、なぜ同族である魔王をと首を捻る。確かにやってやれない事はないが、それでは人間は育たない。
「だって皆弱っちいから、魔王と戦ったらやられちゃうじゃん」
おそらく現れた魔王は純粋な悪の権化だろう。私のような変わり者はそうはいない。であれば当然奴らは人間を滅ぼす為に攻めてきて、人間はそれを迎え撃たねばならぬ。
曲がりなりにも魔王を名乗る魔族の者。今は無きダンジョン上層部すら攻略出来ぬ人類では、蹂躙され欠片も残らぬのは目に見えているだろう。
「しかし私だけ戦ってもな……」
「じゃあ兵隊さん達みんな連れて一緒に戦えばいいじゃん」
――あぁ成程。根絶やしにされるのが目に見えているのなら、そうならない程度に私が手を貸してやれば良いのか。
これならば人も適度に強くなるし、それまでの間。私も戦いに身を置く事で暇つぶしが出来る。
「皆の者よく聞け! この私が指揮を執る。大陸全土の強者共よ、私に敗れ惨めに居を構え生きる者よ。雪辱を晴らし己が強さを轟かせんが為、今こそ剣を取って立ち上がるのだ‼」
鬨の声をあげていざ行かん魔王退治。供を連れ時には魔王と戦って、世界崩壊の危機を防ぐ。
――この時の私は、後に黄金の像が建ち並ぶ事をまだ知らない。
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