第2話 ②
「しかし、こうも霧が酷いと散歩しに出てもよく見えなさそうだね」
シャワーを浴びてすっきりしたところで、私とのぞみは次の行動について悩んでいた。この町に来ることを勧めてくれたあの青年が言うに古城の跡地やロープウェーなんかもあるらしいが、この天気ではそれも堪能できるか定かではない。
「今日は大人しくしてるかね……」
「外、出られないの? じゃあ今日は休憩の日?」
「そうね。風邪ひくのも嫌だし、昨日のホテルの兄さんと話でもしにいこうかな」
「のぞみも一緒に行く」
「いいよ。じゃあ髪の毛乾かしたら受付まで行こう」
そう言うと、のぞみは駆け足で私の元へドライヤーを運んできた。ただ眠っているだけはどうにも退屈なようで、外出の目途が立った途端嬉しそうになる。正直な子だ。
「麗奈、髪乾かしたげる」
「あら。じゃあお願いするよ」
ワクワクを隠せない笑顔に苦笑いを返しながら私はのぞみに背中を向けた。
「あんたら、旅してるんだろう? 外に行くんだったら夕方に行くといい」
受付で野良猫に餌を与えていた男性は私たちの話を聞くと、事も無げにそう言った。夕方、という言葉に目を瞬かせていると男性はガハハと豪快に笑ってパソコンの画面をこちらに見せてくれた。映っているのはこの地域のローカルな気象情報だ。文字は良く分からないが、記号だけ見ればなんとか意味はくみ取れる。
「なぁに? 外行けるの?」
「夕方になれば晴れるらしいからそしたら行こうか」
「ほんと?」
背伸びをしながら一生懸命に画面を覗こうとしていたのぞみは身長を伸ばす努力をやめて私に笑いかけた。
「お昼ごはんが食べられるお店ってこの近くにありますか? 土地勘が無いので迷わないくらい近場だと嬉しいんですけど」
「飯屋? そんなのどこにでもあるよ。今の時間帯ならちょうど店を開けたばかりだろうからな。しかし、近場となると……」
男性が悩みながら手元の携帯端末をいじり始める。のぞみが不思議そうな顔をしながら私を見上げるので、昼ご飯のお店を聞いたと教えると納得した表情になった。しばらく男性の百面相を眺めていると、男性が何かを呟いてこちらを向いた。
「俺の知り合いがやってる店が席用意してくれるってさ。そこならどうだい」
「それは嬉しいです。是非そこでいただきます」
「よし来た! それじゃあそう伝えておくわ」
そう言うと男性はどこかに電話をかけ始めた。おそらく相手はその知り合いだろう。
「お昼ごはん決まったの?」
「うん。おじさんの知り合いの店を予約してくれるんだって」
「美味しいといいね」
「そうだね」
そんな会話をしていれば、男性の会話も終わったのか通話を切った。受付カウンターの向こうからゆっくりとした足取りで出てくる。貴重品らしきものをその大柄な体とは不釣り合いな小さいバッグに詰め、迷いなく外へつながる扉を開ける。呆気にとられる私とのぞみを見て、男性も不思議そうな顔をした。
「何してんだい。行くぜ」
「え、あの」
「こんな霧じゃ道なんて教えても分からないだろ。連れて行ってやるよ」
「本当ですか?」
「俺もそろそろあそこの爺さんに挨拶しようと思ってたんだ。ついでだ、ついで」
茶目っ気たっぷりにウィンクを投げる男性に頭を下げ、私はのぞみの手を引いて扉に向かった。
「のぞみ、連れて行ってくれるって」
「やった! これなら迷子にならなくていいね」
真っ白い霧で数メートル先も見えそうにない外へ、男性を先頭に私とのぞみは歩きだした。霧の隙間からはボケた建物の輪郭が見え隠れしている。
身長の高い男性は歩幅も大きく、置いていかれないように必死に足を動かすのでやっとだ。霧によって滲んだ風景を楽しむ余裕もない。しっかりと眠って休んだ足は、若干の違和感を残しながらも今のところは問題なく歩いている。もう少し風呂でマッサージしておけばよかったかな、などと考えていると男性がその歩みを止めた。
「着いたぜ。ここだ」
そこは、深紅のサンシェードが霧の中でも目立つ小さな料理屋だった。
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