家に入れてもらえない夫てっちゃん

家にいれてもらえない夫

 今日は土曜日。てっちゃんは会社に行かなくてもいい日だ。時々、電話がかかってきて、顔を出しに行かなくちゃならない時もあるけれど、休みだ。


 てっちゃんは、普段は朝4時20分に起きて、4時30分前に出勤する。そして、定時の終業時間の4時45分に仕事を終え、夕方の5時頃に帰ってくる。定時の始業時間よりも随分と早く出勤するのは、残業しなくても済ませる為。

 

 そんなてっちゃん、先日遠方へ出張に行った。


 「帰りに駅弁買って帰ってくるけど、お腹すいたら先に何か食べててね。遅くなったら、先に寝るんだよ。」

 と、ふうたんに言い、新幹線に乗って、普通の電車に乗って、バスに乗って、お客さんのところまで行った。


 帰りは、案の定遅くなり、家に着いたのは夜10時近くになってしまった。


 朝が早いてっちゃんに合わせて、ふうたんも早く寝る。8時半から9時半の間に寝る習慣がついている。


 「てっちゃん遅いですね。先に寝ましょかね。」

 ふうたんは起きて待っていたら、てっちゃん喜ぶかな?と思ったけれど、

「先に寝とりんさいって言うたやろ?」

 と言うな?と思って、鍵が開けやすいように玄関に電気をつけて寝た。


 朝、

 起きたら、てっちゃんが布団の上で寝ていた。

「あら?帰って来てたのね。」

 ふうたんの言葉に、てっちゃんは、

「う、うん。昨夜、何時に寝たか覚えてる?」

 と聞いてきた。

「多分9時頃。」


 ふうたんがそう答えると、てっちゃんは、

「そうなんや。僕が帰って来た時、うるさくて起きたりした?」

 と聞いてきた。

「てっちゃん帰って来たの今知った。起きてないよ。」

 とふうたんは答えた。

「そ、そか。ならよかった…。」


 意味深に言うてっちゃんは、実は、出張先から家に帰ってきた後、死を覚悟する挑戦に挑んでいた。


 仕事の面談の疲れだけではなく、長い移動時間に疲れ果てて家に到着した、てっちゃん。

「お、玄関に灯つけといてくれたんだな。助かる。」

 と、家の鍵をポケットの中で探った。

 無い。鍵が無い。

 カバンの中に入れたのか?と、カバンを開いて探してみたけれど、無い。

 仕方がないから、玄関の外まで聞こえるイビキをかいて寝ているふうたんに中から開けてもらう事にした。


 ぴんぽーん

 ドアフォンを押した。ふうたんは出てこない。再度押す。

 ぴんぽーん

 出てこない。

 ぴんぽんぴんぽんぴんぽーん

 出てこない。ぴんぽんの音の合間にふうたんのイビキが聞こえてくる。

 「こりゃ、電話して起こさないと開けてもらえないな。」

 てっちゃんは、ふうたんのスマホに電話をかけた。


 プップップップ プルルルルル プルルルルル

 ふうたんは…、

 電話に出なかった。


 ―「マナーモードにしているのかな?こりゃ家の電話にかけるしかない。」

 てっちゃんは、家電に電話した。

 家の中から聞こえてくる電話の呼び出し音と、ふうたんのイビキ。


 てっちゃん、屋外の寒さに震えながら、家電を鳴らしたまま玄関チャイムを鳴らしまくった。

 ピンポンピンポン プルルルピンポン プルルル…ピンポン プルルル…


 グガーグガーゴガー


 「こりゃ無理だ。車の中で寝るか。」

 てっちゃんは、家に入るのを諦めて車で眠ることにした。車を開ける。開かない。いつもかけていない鍵がかかっている。ポケットをまさぐる。車の鍵も無い。


 もうどうしようもない。家のどこかの窓が開いてないであろうか?縁側の扉を開けてみた。

 キッチキチに閉ざされている。

 

 キッチンの窓はどうだ?

 キッチキチに窓は閉まっている。


 家の1階の扉と窓は全滅だ。残された扉、確実にあいているのは、2階のネコのトイレが置かれたベランダだけだ。ネコが自由にベランダに出入りできるようにドアが開けてある。

 一大決心をした。

 「2階まで登ろう。」

 てっちゃんは、自転車置き場の自転車の上に乗り、雨どいを掴んだ。その瞬間、 自転車が倒れた。

 ガシャん

 

 足が宙に浮いている。これ落ちたら命に関わる、と

 “死”

 を覚悟しながら、雨どいに足を乗せて、玄関上の瓦屋根にもう

 片方の足をかけた。

 そして、そこからベランダの角を掴み、よじ登って、やっと家の中に入れた。


 ベランダの柵を超え、降りた時、

 むにゅ

 と、何かを踏んづけたけれど、それはネコのうんちだったけれど、命が助かり、家にも入れた安心感に包まれて、下のリビングの畳の部屋の寝床に辿り着いた。


 ふうたんは、相変わらずイビキをかいて眠っている。起こさない様に、畳と縁側の間にある扉を開け、その端っこの押し入れから自分の布団を取り出し敷いた。


 ー「ふうたんは呑気でいいねえ。」

 布団の上で、ふうたんの寝顔を見ながら、一服した。

 何せてっちゃんは、出張帰りだ。疲れている。早々に寝ようとした時。

 ふうたんがむくっと起き上がった。そして言った。



 「仕事さぼってる人みーっけ!」

 てっちゃんの事を指さして、ふうたんはそう言い、直ぐに

 パタン

 とベッドの上で倒れて、またイビキをかいて寝た。



 翌朝、

 いつもなら、ふうたんより早く起きてるてっちゃんが、寝ていたので、ふうたんは、30分程静かにしていて、パソコンを弄ったり何かしていた。

 30分程経っても、てっちゃんが起きないので、てっちゃんはイビキをかくときもかかない時もあるけれど、この時ばイビキも寝息もたてずに寝ていたので、

 「てっちゃん、死んでるのかな?」

 と、ふうたんは思い、てっちゃんを起こした。


 「てっちゃんおはよ。いつ帰って来たの?先寝ちゃってゴメンね。おかえりなさい。」

 「…。」




 数か月後、あるいは数年後、

 ちょっとした話の途中に、この事をてっちゃんがふうたんに話した。それを知ったふうたんは、てっちゃんが家の鍵を持っていくのを忘れた時用に、表に鍵を隠して、

 「ここに、鍵隠してあるからね。もうそんな事にはならないからね。」

 と、郵便ポストの中に、もろみえの場所に、スペアの鍵を隠した。隠したといっても、

 “ここに鍵入ってます。泥棒さんここに鍵ありますYO!”

 そう言ってるかの様な場所に隠した。


 てっちゃんは、日曜大工をして鍵の隠し場所を変更させた。



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