私は消えてしまいたい
サニーデイサービスのセツナを繰り返し聞いている。
その一節に
”はじめっから汚れちまってる眠ることのない魂”
というところがある。そこが好きで、せつなくて、なんでこんな風に感じるんだろうかと考えていたら、ふと思い出したことがあった。まだインターネットがそこまで普及していなかった時代、そのコアで凝縮されたような世界には数々のカリスマとでもいえるような異色な人間たちが存在した。その大半の少女・女性たちは共通するように病んでいた。心が。その時代に活躍していた彼女達の大半は、もうこの世にはいない。
切り裂くような、魂の叫びを壊れそうなくらいもろく、純粋な文章で綴る彼女たちの生きざまは、今もインターネットのどこかにひっそりと存在して、今日も誰かの心臓の鼓動を守り続けている。
その混沌とした時代に、彗星のように現れて、流れ星のように散っていった彼女たちの中に、嬢ちゃんこと山田暁という一人の女性がいた。彼女が一人抱えていた心の傷と闇は深くて、苦しいものだったけれど、それを同じように行き場をなくした、病んだ少女たちに公開するということで、少しは救われていたのかもしれないし、もしかしたらそうではないのかもしれない。彼女の真っ白な肌には刺青が入れてあって、それを皆が褒めてくれるんだけれど、パートナーであるおとうさんが発した何気ない一言、
「皆が皆、奇麗だってうわべだけ誉めてくれているって云うのが解ってないだろ」
に、嬢ちゃんはこう返した。
「いいのよ、私は最初っから汚れてるんだから・・・」
言葉を操り、人の心を魅了した彼女たちの存在は、魔女なのかもしれない。魔女たちは心を病んだ人間たちの心をチクリと突き刺し、魔法をかけて消えていった。同じように心を病んだ少女たちは、彼女たちの感性や文章や生き様に共感して、いつしか自分が一人ではないことを悟る。しかし、彼女たちはどうだっただろう?大切なはずのパートナーや、腐れ縁でつながっていた友達や家族、そんなものを置き去りにして、自ら望んでその命を絶ってしまった。物質的に一人ではなかったにもかかわらず、心には常に満たされない何かを切望していたのかもしれないし、知りすぎてしまった世の中に絶望したのかもしれない。或いは、ただ単にありふれた事故だったのかもしれない。彼女たちの全てがただ単に死にたかったわけではなかったのかもしれないし、ちょっとだけ計画が狂ってしまったことだって大いにあり得る。周辺整理をしてこの世から消えていった少女もいれば、いつもと同じ量の薬をODしてちょっとといつもと違うな、なんて感じながら呼吸し考えていたにもかかわらず、周りの者は、いつもと同じだな、放っておけばそのうち回復するだろう、なんて考えたから取り返しのつかなかった女性も存在した。13階のビルから飛び降りるという確実な方法を選んだ人もいた。
同じように私も病んでいた。この世の中に絶望していたわけではなかったけれど、この世の中に漠然とした不安や焦燥感、死にたい、消えたいという一種のあこがれともいえる不思議な感情を持っていた。高校を卒業してすぐにおとずれた父の死。やり場のない寂しさ、満たされることのない穴の開いた心の中。自分を捨てて無になってしまいたかった。自殺するつもりで外国行きの切符を買った。そして訪れた9月11日。映画の中の出来事のようにテレビの映像は流れ、ああなんて時代に私は生きているのだろうと、心の穴はますます広がった。無事に決められた日にちに飛行機に乗った私は、がらんとした機内で、四つの席をベッドに快適な一人旅に身を委ねた。
とんでいってしまいたい、そう願いを込めて蝶のタトゥーを彫り込んだ私は、高架橋から下を覗いてみたり、灼熱のコンクリートに落ちる自分を想像してみたりした。魔法をかけられた私は、蝶のタトゥーの意味が、ひらひらとこの世にとどまることを意味していることを後から知って、ひどいものをしょってしまったなあなんて笑えるようになった。
あの時病んでいた少女たちは、その痛みや絶望感をいい感じに昇華して立派な大人になった人もいるだろうし、病んだまま病んだ大人になって病んだ結婚生活を送っていたり、ふらふらとどこにも定住せず生きながらえている人間もいるだろう。そして死んでしまった人間も。
南条あやが聴けなかった、小谷美沙子やcoccoの新しい歌を私は聞くことが出来たし、嬢ちゃんのお母さまが感じたような苦しみ、悲しみ、自責の念を私は自分の母には感じさせていない。二階堂奥歯が読んだらどういう風に感じたか気になるような書籍を私は読むことができるし、それはただ単に私が生きながらえているからであって、死んだら私も彼女たちと同じように何もできなくなってしまう。
”魔法の解き方がわからない”
二階堂奥歯は解けない魔法を私たちにも、そして自分にもかけたまま逝ってしまった。
だから、サニーデーサービスのセツナを聞くと、そんな彼女たちが存在したことを忘れちゃいけない気がして、涙があふれてくるのかもしれない。
曽我部恵一は彼女たちのことを知っていたか?なんてどうでもよくて、そのメロディーがこの世に存在しているだけで、いい。
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