ちょっとした空き時間に利用してください!

ちびまるフォイ

スマホで時間潰しながらお読みください

キーンコーンカーンコーン。


授業の間に挟まれる5分の休憩時間になるとすぐにスマホを取り出した。

何をするでもないが小説のSNSをチェックする。


「コメントなし、か」


画面には特に変化がない。

それがわかると怖くなってネットニュースを見る。


ニュースの一覧はすでに既読したという紫色の文字列ばかりが並ぶ。

もうどこも読む場所はない。


今度はニュースを閉じてアプリのゲームをはじめることに。

ゲームのロゴが表示されてロードが始まる。


「遅いな……」


ゲームが起動するまでの空き時間に別のスマホを起動し、

2台目のスマホでSNSの投稿をチェックする。


電車が遅れたとか、ケーキを作ったなどのとりとめのないものが多いが

ゲームを起動するまでの数十秒を待つにはちょうどよかった。


「ファミコンとかの時代はもっと起動早かったのに、

 なんで時代が進むにつれて遅くなるんだよ、まったく」


イライラしながらログインボーナス画面を16連打して画面をスキップする。

片手にはゲームアプリ。

ロードが入るたびに、もう片方の手のスマホの画面を見て時間をつぶす。


そうこうしているうちに5分が過ぎた。


「そろそろ授業か」


先生に見つかると市中引き回しのうえ、

壁紙を犬がりきんでる写真にされるので2台のスマホを机の中に隠す。


しかし、先生は現れなかった。

おそらく遅刻しているのか授業を忘れているのか。


呼びに行こうかと正義感と、

このまま自習にしようかという悪魔のささやきに

生徒たちが葛藤している中、俺は空き時間ができたことに恐怖を覚えた。


「く、くそっ……空き時間が……。

 でもスマホで時間をつぶした瞬間に先生がきて没収されたら……ううう!!」


スマホを出すに出せない状況。1分1秒がやけに長く感じる。

我慢の限界に達したとき、俺は全身の穴という穴から血を噴き出して倒れた。


 ・

 ・

 ・


「大丈夫ですか?」


白いカーテンに囲まれた病院で目が覚めた。


「俺はたしか……教室でクラスのマドンナに告白されて、

 屋上で異能にめざめて、クラスの成績がトップになったところで意識を……」


「記憶改ざんしないでください。血を噴き出して倒れたんですよ」


「ああ、そっちの世界線ね」

「どこの住人だよ」


医者はカルテを見ながらふぅとため息をついた。


「あなた、空き時間恐怖症ですね」


「なんですかそれ。クリスマスのおもちゃ?」


「数十秒でも空き時間があると体が拒絶反応を起こしてしまうんですよ。

 なにか心当たりありませんか? ほら、信号待ちのときとか」


「あ、たしかに、赤信号で止まるとすぐにスマホ出します」


「それです。数秒程度の"なにもしない"という状態に耐えられないんですよ」


と、そこまで言うと医者はぴたりと口を閉じた。

静寂に包まれた瞬間、俺の息が苦しくなり血管が浮き上がる。


「ぐあああ……!! 息が苦しい……! 空き時間が……!!」


「と、まあこんな感じで何もしない時間が発生すると危険なんです」


「治療法はないんですか?」


「症状を緩和させる方法はありますが……」


「そんな!! 症状を治しながら肌年齢を若返らせてイケメンになる薬はないんですか!?」


「ますますそんな薬ねぇよ」


「それでも医者か!!」


「ただ、治療法がないわけではないです……」


「それを先に言えよ!!」


医者に吐いた暴言で機嫌を損ねたのか俺は真っ白い部屋に閉じ込められた。

周囲には何もない。


『そこは空き時間恐怖症患者のための更生施設です。

 ここで過ごせばきっとあなたの病気は治るでしょう。

 その部屋で治らなかった人はいないのですから』


部屋のスピーカーからは医者の声が聞こえる。


「あの、部屋のあちこちに白骨があるんですが」


『ただのインテリアです』


「嘘つけ!!!」


治らなかった人はいない、というより治らないと生きて出られない。

白い部屋の中に閉じ込められスマホの電源が切れたときから地獄が始まった。


「うあああああ!! 空き時間が!! 空き時間がこんなにもあるぅぅぁぁぁ!!」


髪をかきむしり、目につくものにかみつき、そこかしこにマーキングする。

自分の発狂を制御できない。


頭の中でなにかがはじける音が聞こえた。



「さて、あれから10分経ちました。症状はどうですか?」


医者が部屋に入って来るなり、口をあけてその場に固まった。


「あはは……攻撃攻撃~~。ねっとさーふぃんするぞ~~」


電源のついていない真っ黒いスマホの画面を見ながら指を楽し気に動かす姿。

それを見た医者はもう現代医学の限界を感じた。


「これは無理だ……治療できない……!」


「わぁ~~……ランキング入った~~……」


白い部屋から出て正気を取り戻すと医者は土下座して謝った。


「もうあなたの体は治療できないほど進行しています。もうどうすればいいか……」


「症状がますます進行するとどうなるんですか」


「死にます」


「えっ!」


「あなたのいとこが」


「ええええっ」


なんという隔世遺伝。

自分ではなく存在しないいとこが死んでしまうので、俺だけの問題にとどまらなくなった。


「薬でも、スパルタ療法でもダメ……もうどうすればいいか」


「俺わかりました。治せないなら、空き時間を作らなければいいんです」


「そんなの無理ですよ。いくらスマホの充電器を持っていたとしても

 どこかで必ず空き時間ができてしまいます。

 常に変化して飽きの来ないものなんて……」


「ふっふっふ、それがあるんですよ。人の心です!!」


銭型警部のようなだみ声で答えると、空き時間を利用して研究に打ち込んだ。


人の心は常に絶え間なく変化している。

なにを考え、どう思っているのか。

それをリアルタイムで見えるようになれば空き時間もへっちゃらだ。


スマホを没収されたとしても、目まで没収することはできないだろう。


そんなこんなで、空き時間を利用してついに完成までこぎつけた。


数分、数十秒の空き時間も積もり積もれば大きな時間になる。

俺はきっとこの世界の誰よりも時間の価値をわかっているのだろう。


「できた!! 人の心を透視する装置!!

 これを常につけていれば人の心が見えて退屈知らずだ!!」


もう空き時間に苦しむことはない。

絶え間なく変化する風景が常に見えるのだから。


心をときめかせながらスイッチを入れた。

俺の目に映ったのは――




スマホを操作している心がからっぽの人たちだった。



俺が空き時間によるストレスで血を噴き出しても心は動いていなかった。

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