パンツァー・ラビット

困った……


実に困った…。


ん?なんだい?…私?


私は『ベルレイア』


ここ『A区・涙腺』の『渇きの泉』って言う綺麗な泉周辺に住むただの一般人だ。


あ、A区とか言っても解らないよね?


……え?解るんだ!


誰かから聞いたのかな?


まぁいいや。


どうせ君は此処には居ないんだろう?


全く、見てるだけなんていい身分だよ…

出来ることなら助けて欲しいんだけどね…

それが無理なら助けを呼んできてはくれないかい?



そう……動けないんだね。


君の意志とは別に。


はぁ…神様が本当にいるなら恨んでやるよ…


何が…って?


見てわかるだろ『獄虫』だよ


しかも『AAランク』の強敵さ。


くっそ〜!この辺りはランクの低い獄虫しか居ないって話だったのにぃ!


…時々出るんだよね『Aランク』以上の獄虫がさ…。


あぁ〜…憂鬱だぁ〜…。


何時もなら見つからない内に直ぐに逃げるんだけど

今回のはまさかの100m先に沸いちゃったからなぁ…。


逃げ隠れする間もなく見つかっちゃったよ…


うっわぁ…めっちゃこっち見てるぅ…


気持ち悪い…血眼で見るなよぅ…


はぁ…せめて私の武器が攻撃系だったら良かったのになぁー。


━━『盾』……だもんなぁ…。


いや…確に私の身体を多い隠せるほどは展開出来るけど……



ん?どこに『盾』があるかって?


ここだよここ!


ほら、私の右手首に巻き付いてる『茨』だよ。


…まさかもっと大きい物を想像していたのかい?


あっははは!


君は馬鹿なのかい!


そんな物を持っていたら逃げられないじゃないか!


あははははは!


あーお腹痛い!


いや〜ナイスジョーク!おかげで少し気が楽になったよ♪




さてと…



にーげよっと♪



あっははは!

戦わないよ!私のは戦う武器じゃないからね!


それに私の能力は


『脱兎の如く』ラビット・ブースト・アウトだからね。


逃げ足に関しては一級品さ!




逃げてどうするのかって?


そりゃあ、誰かに押し付けるんだよ?


あ!安心して!


“押し付ける”って言っても共闘する前提だから。


だって私は護る事しかできないんだもの

戦う人が欲しいのさ━━って!


そうのんびり話をしている場合じゃないみたいだ!



━━追いかけて来た。



約10mの巨体がその体を地面に這わせながら私に迫る。


キモい……。


腕や足は無く、姿を例えるならば芋虫だ。



さて、どこに逃げようか……。


足は私の方が速いけど、体力そう長くは保たないし…


でもたしか…あの獄虫って…


酸液を吐き出して来るんだよね…って!!



ほら来たぁぁ!!



這いずりながら口のような所を開きそこから酸液を吐き出して来る。


くぅ!盾を展開したいけど…ここで重量を増やすのは効率が悪い!


私を包むように展開しても動けなくなるだけだし…


いつ壊れるかもわからない…



盾の形を自由に変えられるのか?だって?


うん、出来るよ?


え?


剣の形にして戦えばいい?



いやいやいやいや……。



“それは”駄目なんだよ。



…ごめんね、君に少し嘘をついてた。



私の盾は“戦える盾”なんだ。



戦わない理由は2つ。


1つは“この獄虫”に対しては手加減出来ないから

2つ目は………。


━━━私が戦闘狂狂っている人間だから。



敵を殺せば殺す程に私の中の“何か”が喜んでしまう。

黒い感情、黄色い感情、赤い感情。

全部がグチャグチャに混ざり合って…


私という存在が私によって侵されてしまう。


すべてが終わって最後に残るのは


全力の反動で動かなくなった身体

むせかえる程の死の臭い


そして「殺してやった」という優越感。



私はね…この世界で人を殺したんだ…。


『親友』とも呼べる人を、この手で…。


今でも覚えている、親友の体内で掴んだ心臓を体内で握り潰した感覚を…


その感覚が私を悦ばせた事を。



……って、駄目だ駄目だ!



兎に角、今は逃げないと!



しっかし、本当に今日は人に会わないなぁ


何時もなら『パーティー』を組んでる人達を見かけるのに

まぁ、見かけないなら見付ければいいだけなんだけどね


後10分位で『鼻』に着く。


そうすれば━━━


「パーティーに会える」そう言おうとした口が止まる。


前方に3人のパーティーが『AAランク』の獄虫と戦っていたのだ。


あれは…蜘蛛型……


今あそこに突っ込んで共闘したとしても

『AAランク』2体に私の盾がいつまで保てるか分からない…。



一番…効率の良い方法……



クソっ!



今日は厄日だね…


なんてね。


この世界で生きてるんだから毎日が厄日

みたいなものさっ!



私は盾を短剣の形に展開させ蜘蛛型の獄虫に突っ込んだ。


薄灰色の短剣が蜘蛛の目玉に深く突き刺さる。


瞬間、蜘蛛は叫び声を上げながら後ろ向きに仰け反った。


短剣を引き抜くと青紫色の液体が溢れでてくる。


私は3人の元へ駆け寄り、「早く逃げて」と言うが

3人はそれを拒んだ。


だから私はこう言う。


「私は『装甲兎パンツァー・ラビット』だ」と。


それを聞くと3人は青ざめた顔でその場から逃亡した。



この2つ名は嫌いなんだ…


なぜかって?


…これが親友を殺したからさ。


『装甲兎』パンツァー・ラビット


私の盾を全身に纏わせ戦う戦闘形態フォームの一つ。

全身が盾で全身が武器。

盾を纏った腕は鉄を握り潰す程に強化され

盾を纏った脚は飛躍的に跳躍力を上げる。

でも、これの欠点は2時間しか保たず使用後は疲労で身体が動かなくなる事だ。

その間に他の獄虫から殺される可能性がある。

 

でも…出し惜しみしてる状況じゃないよね!


正面には蜘蛛、後方には芋虫。


リスクを伴ったとしてもやるしかない。


……よし、3人の姿は見えなくなった。


展開させよう



『装甲兎』パンツァー・ラビットを。


盾が私の身体に纏わり付く…

蜘蛛が糸を吐き雁字搦がんじがらめにする。

単純な力だけでは抜け出すことなど出来ないが…今やこの身体は全身武器だ。


背中に剣を展開させ糸を縦に斬る。

途端、拘束力は失われ簡単に抜け出す事が出来る。


蜘蛛はその鋭い前脚で私を穿こうとするが盾には傷一つつかなかった。

私はその脚を掴み握り潰し引き千切った。


青紫色の液体が私に浴びせられる。



ドクンッ…と私の心臓が高鳴るのを感じた。


こうなってしまえば私は…もう、止まることはできない。


お願いだから…


誰もここに来ないで…!



『装甲兎』パンツァー・ラビットの欠点はもう一つある。

それは…

“2時間経つまでこの形態を維持し続ける”

と言うことだ。


敵であろうが味方であろうが、目に付くもの全てを破壊する。

それが『ベルレイア』という戦闘狂の本当の姿。

…いや、彼女は戦闘狂と言う優しい言葉で片付けられる人間ではない。


彼女は『戦闘狂』ファイティングメードゥと呼ばれるより


『狂戦士』バーサーカーと呼ばれる方が妥当だろう。





……あぁ、意識が沈んでいく…

身体が悦を求め蜘蛛をバラして行く。

身体に青紫色の液体を浴びて………


浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びて浴びてあびてあびてアビテアビテアビテアビテ!!!


意識が悦へと変化する。


蜘蛛を原型も残らないほどグチャグチャに壊し、先程から酸液を降らせる芋虫に向かう。


地面を軋ませ芋虫の腹に風穴を開ける。


気持ちの悪い悲鳴が聴こえるが私にとってそれは心地の良い一種の音楽に過ぎない。


音楽が途切れる頃には、肉片を含んだ液状の物になっていた。



……聞こえるかい、私の嗤い声が…

まだ30分も経っていない…。

全く…私の意識が全部沈んでくれれば何も気にしなくて良いのに…


そう━━━


さっきの3人がこっちに向かっている事も知らなくて…済んだのに……っ!



あああァァァぁぁ!!

動かないでくれ!

頼むから…!!

彼らを殺さないでっ!!殺さないでくれ!

私の…身体なら言う事を聞いてくれよ!

逃げろって!言ったのに!私の事を言ったのに!

止まれ!止まれ止まれ止まれぇぇ!!


止まって……。


……………

………

……。


温かい…暖かい…これをずっと触っていたいと…そう思う…。

“ソレ”は生きる為に強く脈打ち死に抗うために熱くなる。


私はこれが恋しい…。


…愛している。


でも……


“ソレ”を引き抜いてしまうと生きる為の意思が弱まるかのように冷たい脆弱な物となってしまう。


私はそれが嫌いだ…。


だから温かい暖かいまま握り潰す。


そうすると“ソレ”の感覚がいつまでも手の中に残るから。


赤い紅い朱い…


手にベッタリと付く“ソレ”


…うん…そう…心臓だ…。

心臓“だった”ものだ。


━━━━あはは…


あっははは!!


何が!盾だっ!!

何も守れないじゃないか!!


何で!何で!!


私は…嗤っているんだ…っ


何で…



悲嘆に浸る私の耳に鼻歌が小さく入って来た。


鼻歌は正面から…3人が向かってきた方向から聴こえてくる。


やはり私はそれに向かって行く。


止まらない。

止められない。


砂埃が巻き上がり前方が見えなくなるが

鼻歌が聴こえる限り私は突き進むしかなかった。


影が見える。


“2つの人影”


もう…好きにしてくれ……


私の拳が1つに殴りかかる。


『AAランク』の獄虫を殴り潰す事のできる拳だ…人に当たれば即死もあり得る。




だがその人影は私の拳を刀で逸し腹を蹴り上げた。


数秒の無重力。


驚くと同時に…


私は期待した。


この人なら、「私を殺せるのではないか」と。



砂埃が晴れ姿を現す。


白髪の長い髪。

血のような赤い瞳。

露出の激しい服装。

両腰の刀。


端麗な彼女は私を見て


━━━嗤っていた。


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