家族のカタチ(その5)
「僕は・・・親として、人として失格です...」
男の人はベンチに座るなり手のひらで顔を覆い隠した。
「どういうことですか?」
「あれは、半年ほど前のことです・・・」
男の人はゆっくりと話始めた。
僕には妻と子どもがいます。子どもはまだ一才になったばかりで家の中を歩き回ってます。
僕と妻はその日、結婚して五年目の日で二人でのんびりしておいで、と妻の方の義父母に言われました。
幸いにも義父母は僕たちの暮らす家からあまり離れてなく、子どもも預かってくれると言ってくれました。
僕たちはその優しさに甘えて、二人で一泊二日の泊まりに行くことにしました。
子どもも二人が好きで笑って送り出してくれた。
久しぶりの夫婦水入らずで僕も楽しかった。
二人だけの夜なんて久しぶりでゆっくり出来て、妻のことを更に好きになりました。
「次は三人で来ようね」と帰りの車の中で妻は笑って語りかけてくれた。
でも、次の瞬間、大きな音と共に僕の視界は暗くなり、目を開けたのは病院のベッドの上でした。
僕は目を開け、何が起こったのか分からずしばらくして看護師が来てくれました。
事情を聞くと僕たちの横からトラックが突っ込み壁とトラックに挟まれた、と。
幸い僕とトラックの運転手は軽い怪我ですんだらしくすぐに目を覚ましたらしい。
僕は隣に妻が居ないことを知ると慌てて看護師に聞きました。
「妻!妻はどうなったんですか!?」
看護師は無言で僕を案内してくれました。
別の病室に行くとそこには寝ている妻の姿があり、僕は走って妻の側に行きました。
声をかけても、何度もかけても妻は起きる気配はありませんでした。
看護師が言うには昏睡状態らしく、僕たちの誰よりも怪我が酷かったらしい。
僕はその場に立ち伏せ、涙を流しました。
全身の力が抜け、初めて感じたこの気持ちは絶望そのものでした。
次の日、僕だけ退院し妻はまだベッドの中です。
子どもに、いや義父母に会わす顔が無く。それでも話さなくちゃいけない。僕は重い足を引っ張り家に行きました。
子どもには席を外してもらい、二人にだけ事情を説明しました。
その時の二人の顔は今でも忘れない。
それからは今の僕には子どもを育てるのは厳しいと言い預かって貰うことにしました。
僕のせいで、僕の、と考えれば考えるほどあの時の気持ちが蘇り僕にまとわりつく。
それから僕は今まで子どもとも義父母とも会っていません。会おうと決意しても途中で立ち止まってしまう。罪悪感、無力感が押し寄せ、前には進めなかった。
子どもにも悪いことをしたと思います。そう思うと会う資格が無いんじゃないか、それならいっそ僕は・・・と考えるんです。
男の人が途中から涙を流し話す姿はしおらしかった。
「そんなの子どもがかわいそうじゃない」
話を聞いて真っ先に声を出したのは舞彩さんだった。
「だって、半年もお父さんとお母さんに会ってないんでしょ? そんなの子どもが辛いよ...」
舞彩さんの目は揺れ光っている。
「僕だって会いたい。けど子どもが、義父母の顔を想像するだけで動けなくなってしまうんだ」
「そんなの自分の勝手な妄想じゃない。会えない子どもの気持ちなんて一切考えてないくせに!」
舞彩さんは立ち上がり大きな声を出した。
「会う会わない何て考えずにお母さんが帰ってくるまで代わりに育てるのがお父さんでしょ。帰って来た時に心配かけないように家族を支えるのがお父さんの仕事じゃない!それを代わりにしてもらってどうするのよ!」
「半年も眠ってるんだぞ。起きる保証なんてどこにもないんだ!」
「だからって!」
「ちょっと待って下さい」
マスターは二人の前に割って入った。
「舞彩さんも少し落ち着いて下さい。確かにまずは会わないと多分、先には進まないと思います」
マスターは手で舞彩さんを静めベンチの座らしながら続けた。
「一人で行くのが嫌なら僕たちもついていきます。子どもさんやその夫婦にも会って話、謝らないと」
「そんなこと言ったって....」
男は更にしたを向きうじうじしている。まるで子どものように。
「あーもー!焦れったい!会いたいの? 会いたくないの?」
舞彩さんが怒鳴るように男に聞いた。
「会いたいに決まってる!」
「なら今から行こう!」
舞彩さんは立ち上がり、男の腕を掴むと走って公園を抜け出した。
来た道を戻るように霧の中へ消えていく。
「あ!?舞彩さん待って下さい」
「え?ちょ?!」
私とマスターも慌てて後を追いかけた。
霧の中を走り、霧がはれるとそこはいつもの喫茶店だった。奥では加藤さんたちがのんびり読書をしていた。
「あら、お帰りなさい」
加藤さんは本を閉じこちらを向いた。
舞彩さんたちは聞こえてないのか急いで店を出ていった。
「どうしたの。急に?」
加藤さんは驚き私たちと舞彩さんたちが出ていった扉を交互に見た。
「後で説明します!もう少しだけ留守番をお願いします」
マスターはそう言うと急いで出ていった。
後ろから私もついていく。
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