第二話
忘れ形見(その1)
休日といえば普通は平日よりお客が来くるはずなのに今日はまだ一人もお客が来ていない。
喫茶店なら可愛い仕事服とかあるはずなのに私は今日着てきた私服でテーブルを拭いていた。
青年マスターはグラスやコップ、皿を洗っていた。
店内はやけに静かなのに空気は重く感じない。それぞれが自分の仕事をしているせいなのか無言は辛く無かった、が暇だった。
「マスター、お客が来ませんよ」
私はテーブルを拭き終わりカウンターに雑巾を持っていった。
「ウチはそんな流行ってる訳でもないですからね」
青年は洗い終わったのかタオルで手を拭きながら続けて言った。
「何か作りましょう。今日はお客が来ないかもしれませんし」
「それは、経営として大丈夫なんですか....」
私は少しこの喫茶店の心配をした。
もしかしたら、潰れてしまうんじゃないのか。お客が来ないってことはお金が入らないってことでバイトなんて雇っても給料払えなくて赤字で無くなるんじゃ、そんなことを考えている私を横目に青年は何か飲み物を作っている。
そんな呑気にしていて、いいのかな?もっと宣伝した方がいいかな?あ、私が辞めれば、いやそれは嫌だ。と心で奮闘してると私の目の前にコップが置かれた。
「暖かいのと冷たいのどちらにしますか?」
青年は笑顔で二つのコップを置き質問した。
コップの中は茶色くて片方からは湯気が出ている。たぶん、ココアだろうと思い私は「暖かい方で」と答えてコップを取った。
青年は「はい」と笑顔で逆の冷たい方を取った。
私は少しフウフウと息を吹いて一口飲んでみる。やっぱりココアだ。
じゃあ、青年の方はアイスココアだろうか。
青年は私がコーヒーが飲めないのを知っている。だから今日はココアなのだろう。
二人で静かにココアを飲む風景はバイトをしてるというよりお客として居るみたいだと思った。青年が私を見てニコニコしている。
「どうしたんですか?」
私はコップを置き青年に聞く。
「いえ、朱音ちゃんは笑顔で飲むなと思っただけです。」
「え?!私って飲んでる時笑顔なんですか?」
私は急に恥ずかしくなって自分の顔を触ってみる。それをおかしそうに見る青年。
「良いことですよ。ココアは健康に良いですからね」
「そうなんですか....?」
「はい」
私は残っていたココアを飲み干し青年に渡した。青年は飲み終わったコップを回収して洗っている。
歳は私とたいして変わらないように見える。この歳で喫茶店のオーナーをしてるなんて大学は行っていないのかな?私は少し気になり聞いてみた。
「マスターって大学行かなかったんですか?」
「え、大学ですか?」
青年は唐突な質問ビックリした様子をしたがすぐに洗い物に戻りながら続けて言った。
「大学はとっくの前に卒業しましたよ」
え、私はその言葉にビックリした。
「とっくの前って、マスター今何歳ですか?!」
「僕は今、24歳ですけど....」
青年は私の声に驚き洗っている手を止めて言った。
私は青年の歳にビックリした。青年と思っていたのに青年ではなく社会人だったからだ。もう青年とは呼べない。
私はビックリして嘘だ!って言おうとしたその時、玄関の扉が開いた。
「こんな所に喫茶店なんてあったのか」
老人が中の様子を見ながら入ってきた。
私はすぐさまカウンターから立ち上がった。
「いらっしゃいませ」
私はちょっとぎこちない笑顔で言った。
続けてマスターも「いらっしゃいませ」と言った。
老人はゆっくり歩いてきてカウンターに座った。
「最近できたのかい?」
「はい、最近ですよ」
マスターが笑顔で答えながらメニュー表を老人の前へ置いた。
老人はふーん、と言ってメニュー表を見ている。少しして老人がメニュー表を置き、注文をした。
「これを頼む」
選んだのはマスターのおすすめだった。マスターは笑顔で返事をして、また私の時と同じ老人を眺めて準備に取りかかった。
待ってる間、老人が暇なのか私に話しかけてきた。
「嬢ちゃんは高校生か?」
「はい、そうですよ」
「高校生の時からバイトして偉いねぇ」
「そ、そんなことないですよ。最近はみんなやってますし」
私は褒められて、照れてしまった。褒められることになれていない私は手を横に振って否定をした。
私も老人に質問をしてみた。
「今日は一人なんですか?」
「あぁ、家に居ても仕方が無くてね」
そう言った老人は少し悲しそうな顔をしたのは私の気のせいなのかな?
お話をしてるとマスターが出来たのかコップを持ってきた。
コップの中身はココアだ。老人に甘いものって大丈夫なのかな?っと心配する。
「コーヒーみたいなヤツだな」
老人が一口飲んで感想を答えた。
「純ココアです。一般のココアより苦いですが健康に良いんですよ」
マスターは笑顔で言うと老人は「そうか…」と呟いてまた一口飲む。
「しかし、今さら健康に良い飲み物を飲んでもな……」
老人はポツリと呟いた。
「お身体悪いんですか?」
私は少し心配して聞いてみた。
「心配してくれるのか、お嬢ちゃんは優しいな」
老人は暗い顔をしながらも笑って答えた。
この人も何か抱えているのか、悩みがあるのだろうかと私は思った。
何もない人はそんな暗い顔で笑ったりはしないと私は思っているからだ。この人の心も軽く出来るのかな、出来るならしてあげたい。少しでも暗いが無くなるように....そんなことを思いながら私は老人とマスターを交互に見ている。
マスターも私の心が分かったのか優しく笑って頷いた。
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