喫茶店(その4)


私の話を静かに相づちを打ちながら聞いてくれた青年は笑いもせず変わらない顔でこちらを見ている。

私もまた静かに青年の顔を見る。黒く透き通る青年の目からは今、何を思っているのか読み取れなかった。青年は今、どんな気持ちなのだろうか、私の話を聞き何を思ったのだろう。どうでもいいと思ったか、共感してくれたのか、それとも私がバカなだけだと笑っているのだろうか。

無言の時間が酷く長く感じる。まだ話し終えて一分もたっていないのに、頭の中で色々考えてしまう。

青年はゆっくり口を開いた。


「これ、どうぞ」

 青年の第一声はこれだった。

 

私はえ?と思い青年の手と顔を交互に見る。青年は小さなハンカチを手に持っている。


「涙、拭いた方がいいですよ」

 青年は続けて言った。


私は自分の顔を触ってみる。

目からは涙が流れていた。

え?いつから?話してる時から?涙を流すなんていつぶりだろう、もうずっと泣いていないから気づかなかったのかな?


「ありがとうございます」

 そう言って、私はハンカチを貰い自分の涙を拭いた。


青年は立ち上がり、窓の向こうを眺めていた。


「さて、そろそろ夕方ですから戻りましょう」

 青年は扉の方へ歩いていった。


私も立ち上がり青年の後を追いかける。青年は扉を開けて進んでいく、私はその後ろを歩いた。扉の先はさっきの喫茶店だ。学校の廊下じゃない。私は後ろの扉を見ると始めに見た木の扉で教室の扉では無くなっていて、閉めた覚えも無いのに扉は閉まっていた。


「さ、今日は閉店です。気を付けて帰って下さいね」

 青年はニコッと笑い玄関の扉を開けた。

「あの、えっと、」

 私は何かを言おうとしたけれど言葉が出なかった。青年はそんな私を見て頭をポンポンした。

「大丈夫です。あなたは優しかった。ただそれだけです。」

 青年は優しい顔をして言う。

「そのハンカチはあげます。大事にしてください」

 

私はまた一瞬涙が出そうになった。話を聞いた感想も何もなく戻ってきて、ハンカチだけ貰ったから話を聞いてくれていなかった、と思ったからだ。けれど青年はちゃんと私の話を聞いてくれていた、そう思ったら何と言うか分からない感情が沸き上がってきて、涙が出そうになった。私は必死に抑えて走って出ていった。


「ありがとうございました」

 私は扉の前でお辞儀して走って帰っていった。

「はい。また来てください」

 青年は笑顔で見送ってくれた。


夕暮れの中、走って家に帰る私は全然疲れなくて、心と体が軽くなったみたいに気持ち良かった。今だけは重いものを全部脱ぎ捨てたみたいだと私は思った。



―次の日―

私は学校帰り、喫茶店に来た。


「えっと、もうすぐ店閉める時間なんだけど....?」

 青年は酷く困った様子で言った。

「私、ここでバイトしたいです!」

 私は大きい声で言った。

「そう言われてもウチは雇えるほど忙しくないから募集はしてないんだ。」

「そこを何とか」

 

私は頭を下げ、交渉していた。

青年は困った様子で悩んでいる。

昨日今日でいきなり雇え、なんて言われても困るのは当たり前だ。図々しいのは分かっているけれど私はここで働きたいと思った。この少し不思議な雰囲気を出す店と暖かいマスターが居る店で私は働いて何かを学びたいと思ったからだ。


「休日だけなら、休日だけでも良いなら雇えます…」

「本当ですか!ありがとうございます」


私は顔を上げて笑顔でお礼を言った。

青年は少し苦笑いをしていた。


「それでは、これからよろしくお願いします」

 青年は律儀にお辞儀した。

「いえ、私こそお願いします」

 私も続けてお辞儀した。


「今日は閉店だから次の土曜から来て」と言われた。私は元気よく「はい」と答えて帰っていった。

バイトするのがなぜか嬉しくて、また心が軽くなったような気分で帰り道を歩いていた。



赤い屋根が目印の喫茶店。

名前は【True Heart】と言います。

中は普通の喫茶店ですが一つ違うところと言うとそれは『あなたの心を軽くします』と看板にもチラシにも書かれていることだけ。

嘘か本当かは入るまで分かりません。



そんな喫茶店でのお仕事が、私―笹倉朱音のバイト内容です。

赤い屋根の喫茶店での仕事の始まりです!

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