第28話 操縦者
真銀戦との衝突により、隊員らは消耗しきり、動けるものは僅かだ。
戦いの傷も癒えぬ頃、支部側は緊急要請に追われた。
突然の商業用ロケットの準備。
シーナといえどそれは簡単に用意できるものではなかったらしく、あちらこちらに電話を掛け、どうにかして近くの発射場が借りられることになった時には既にインカムによる会議から20分近くが経っていた。
―――
『早急に準備しろ! そして関係者以外はすぐに近くのシェルターへ避難しろ!』
ジョーカー叫ぶ。傷を負った職員や事務職員などが住民に避難を勧告しつつ、シェルターへと避難していった。
しかし、中央街及びスラム街にいた住民全員がシェルターに入れるはずもなく、中央街に点在する頑丈な建物へと残りの住民は避難することとなった。
残された殲滅部隊と玲人は【ゼウス】を持って発射台へ行く。
一方、浩二とシーナは支部側にて司令を行なっていた。
『これは少し危ねぇぞ』
発射台へ向かっている途中ジョーカーのインカムにシーナからの連絡が入ったらしい。
シーナが告げた事実にジョーカーは苦笑した。
『ロケットは確保できたけどその操縦者がいないだとよ。遠隔操作といってもここに残る必要があるからな。死にたくないらしい。そうなりゃ小型飛翔船に乗って俺かレイジが【ゼウス】を積んで空で爆発させるしかない。まあ死ぬけどな。もともと小型飛翔船は人の手がないと動かねえからな。どうする?』
聞かれても答えられない。これからどちらが死ぬかと、問われているのだ。
口を開きたくなかった。
『無理だよ。操縦者を強引にでも立たせるしかない』
『つまりは死ぬかもしれない場所に来いと?』
玲人は言葉に詰まった。拒否されているのならば強制的にでも連れてゆくほかない。
しかし相手も死にたいなどと思ってはいないだろう。たとえ生き残る道がこれしかないとわかっていてもそれを説明をする暇も逃げた操縦者を探す暇ももうあまり残されてはいないのだ。
国のためなら死ねる。そんな感情を操縦者が持ち合わせているはずもない。
沈黙が玲人の口から洩れた。
その時ちょうどシーナがジョーカーのインカムに割り込んだらしく、ジョーカーは玲人との会話を一時中断した。
そしてそのまま口を開くことなく、発射台へと付いてしまった。
―――
『だれか、ロケットを遠隔操作できるやつはいねえのか?』
発射台近くに着くと固まって並んでいた、隊員達にジョーカーが聞く。
おおよそこの中に一人くらいはロケットの操縦ができるだろうと思ってのことだ。
『ジョーカー隊長! それならば私にやらせてください!』
案の定、隊員の1人が手をあげた。
この土壇場で臆さず手を挙げる度胸は賞賛に値する。
しかし、それは命の危険がない時であって、今回に限っては絶対、に限りなく近い方法を選択しなければいけなかった。
『できるのか?』
念を押すようにジョーカーが言う。
『責任を持って!』
手を挙げた隊員の顔は覚悟で埋まっていた。しかし、その裏側にある思惑に、ジョーカーは気がついていた。
『ダメだ。完璧にできるやつじゃねえと。お前はその口約束にパルテノン全民の命を載せる気か?』
気安く手柄を取ろうとした隊員がおしだまる。
宙に浮いた全住民の命を前に、それを負おうとする者などいるはずもなかった。
『急いでください。残り15分を切りました。大気圏内で爆発させることを望むのでしたら余裕を持って10分前には決めてください』
シーナからの連絡。死の未来がすぐそこまで迫る。
いまだモニターにインカムがつながっているおかげか、シーナの声は玲人のインカムにまで届いた。
悩みに悩んだ結果、ジョーカーはここに来ることを拒んだ操縦者を無理矢理にでもこさせることにした。
それが一番確実で成功率が高いためだ。
『シーナか?ここに来たくない、といったやつを強制で来させろ。そうじゃなきゃ全員死ぬ』
シーナも忙しいようでなかなか返事はこない。
しばらくすると、切羽詰まった声でシーナが言った。
『……すみません。今判明しました。彼は死ぬことを恐れてスラム街へ向けてリディールを走らせています。ここから追いかけるとなると最低でも10分。そこから連れ戻すのに10分。確実に【ゼウス】は爆発します。勇気ある方に託されてみては?』
ジョーカーが歯ぎしりをした。
その操縦者さえいれば切り抜けられる現実があるというのに、まさか死から逃れるために死へ走るなど到底考えもしなった結果なのだろう。
『それは最終手段だ。全員の命を賭けにまわしたくはねぇ。できるだけ成功率の高い方法を探し出せ』
ジョーカーが投げやりにそう言うが、現実的でないのは彼が一番よくわかっていた。
『わかりました。それとあと3分で10分前になります』
時間は確実に減っている。
いよいよ死が現実味を帯び、隊員たちのめにも見えるようになった。
『……仕方ない、さっきのやつは出て来い、お前が操縦しろ!』
そう言えど、先ほどまで胸を張っていた隊員は見る影もなくどこかへ消えていた。
負わされた住民の命に恐れをなしたのか、結局誰も出て来はしなかった。
『何で出て来ない! レイジ! お前はできるか?』
玲人が首を振る。全力で。できるわけないじゃないか、と言おうとしてジョーカーの形相に気づいた。ジョーカーはこの星の全民の命を託されて路頭に迷う英雄の顔をしていた。
誰だって立場が変わればあんな顔になるのだろう。
今にも壊れそうだった。
『こうなるなら操縦方法を学べばよかったぜ。ここの近くに操縦マニュアルがないか探せ!』
ジョーカーに気圧され、隊員が蜘蛛の子を散らすように消えてく。
『あればいいんだがな』
そう希望を託すようにジョーカーは呟いた。
――――
爆発まで11分。そこには絶望した者の顔が400人分集まっていた。マニュアルを探したものの結果はどこにも見当たず。
まったく素人がロケットを打ち上げるという前代未聞のことをしなければならなかった。
しかし打ち上げるといってもその知識すら彼らにはない。
つまり、頼れるものは日ごろから情報を提示してくれる携帯I.E.Rしかなかった。
ネット上の情報がどこまで信用できるか。それを疑い出したらきりがない。
信じるほかなかった。
商業用ロケットの貨物室に【ゼウス】をいれ、携帯I.E.Rが提示した情報をもとに燃料を入れる。ロケットの発射準備が終わったところで、発射台から隊員たちを退避させ、発射台の近くに建ててある制御塔へとジョーカーたちは向かった。コントロールデスクを立ち上げ、先ほど発射準備を終えたロケットの詳細を見る。
燃料は満タン。機体は正常。残りは発射ボタンを押すだけだった。
しかし、その単純作業にさえも不安は忍び寄る。
ボタンに手をかざしたジョーカーの腕は震えていた。
玲人はコントロールデスクに表示された時間を見る。
遂に爆発まで10分前を切った。
大気圏上で爆発させなければならないのならもう時間はない。それでも地上で爆発し、死ぬ未来が玲人の脳裏をよぎる。そんなことを考えたくはないのに。
『発射させるぞ!』
全員が固唾を飲んで見守る中、ジョーカーが叫ぶ。震える手を半ば強引に押さえつけるようにしてボタンを押した。その場にいた全員が緊張によって硬直し、目を瞑る。
その時、インカムから浩二の叫び声が聞こえた。
『とまれ!』
浩二の声によって徐ーカは―は手を止めた。ロケットの発射が止まる。
高まっていた緊張は波のように引いて行った。
だれしもがジョーカーの行動の意味を理解できず、発射が失敗したと予測した。
『何だコウジ! こっちは点火前なんだ! 失敗しないように祈ってろ!それとも操縦者が見つかったのか?』
『違う、そうじゃない! 思い出したんだ! 玲人だ! 玲人に任せろ! 玲人ならできる!』
浩二の焦るような声に気圧され、ジョーカーがボタンから手を離した。
半信半疑の目でジョーカーが玲人を睨む。
睨まれた玲人が数歩後ろへ下がる。
『って言ってるんがどうなんだ?』
『無理だよ! やったことないし!』
玲人が全力で拒否した。
他の惑星から来たものがパルテノン住民の命を握るなど考えられない。
ましてや一度もロケットに触れたことがない自分が操縦などできるはずがないと玲人は心から思った。
しかし、浩二が玲人に語りかける。
『玲人、お前は一度やったことがあるだろ! 思い出せ! パルテノンへ来るときに墜落しかけた旅客飛翔船を立て直したのはお前だ!』
そう言われて玲人はハッとした。忘れていた。自分の力を。
そして思い出した。プラセバの存在を。
枷だと思っていた存在が瞬く間に救世主へと姿を変えてゆく。
頼りたくはなかった。だが頼るほかなかった。
『それで、できるのか?』
ジョーカーが問う。
答えはもう変わらない。
『ジョーカーが協力してくれるのなら』
もう逃げない、逃げ出さない。自分のやれることをやるのみだ。
玲人は覚悟を決めた。
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