第26話 もう一つの作戦


静かな小屋の中でムセイオンは突きつけられた現実に膝をついた。

壁の投影地図にもはや先ほどまでひしめいていた赤い印は1つも輝いておらず、唯一、ここ、エリア51の直上だけが青く輝く。

それが示すのはつまり現状況において行動可能な人物が一人しかいないということだ。


陽動の北側が予想通りに鎮圧されたところまで想定内であった。

鎮圧されるかされないかは作戦に支障をきたすものではなかったから。

しかし、作戦の軸であったバッカスの光さえも今では画面上から消えてしまっている。

こうなってはもう作戦の遂行など不可能であった。


どこから間違えた?

どこから狂った?

綿密な計画の綻び、それはどこから始まった?


自問をしても答えは返ってこない。ムセイオンの頭脳を持ってしても。

駒がいないから。材料がないから。


そもそも、作戦の組み立てには多大な時間がかかる。

その是正もまた同じ。同僚の時間が必要なのだ。

しかし、今回ムセイオンは作戦の是正にあまり時間をかけなかった。かけられなかったのだ。それが失敗だった。

想定外を前提の先に置いてしまったのだ。


『クソ!』


ムセイオンは怒りに任せ机を叩く。響くのはむなしい乾いた音のみ。

それが返って自尊心をあおり、憂さ晴らしにさえならなかった。


ムセイオンの心に後悔が降り積もる。


フェザードの到着までにことを終わらして、ムセイオンは本部に伝える予定でいた。

自分の手柄を。

自分の成功を。

そして、また1つ過去の栄光へと近づくはずだった。

けれどその未来はもう実現できない。


『もうダメだ』


落胆と絶望に飲まれかけたムセイオンは、無音のはずの室内に誰かの囁きを聞いた。

無論、周りに誰もいないことは化k仁寿身だった。。

だからこそ幻聴すら拾ってしまう自身の狼狽ぶりにムセイオンは驚き、頭を抱えた。


この作戦は間も無く破綻する。

ならばフェザードが来る意味はない。

作戦の失敗が確定した今、少しでも損失が出ないように努めなければならなかった。

トランシーバーでフェザードに連絡する。


『フェザードか? パルテノン侵攻は失敗した。バッカスと陽動部隊がやられた。【ゼウス】の行方はわからない、もしかしたらバッカスが設置した可能性もあるが中央街外郭で光が消えたことからおそらく外郭付近に野ざらしにされてあるだろう。そのうち回収されるはずだ。そうなれば自ずともう1つの作戦は成功する。ゼウスの爆発による星間連合支部の破壊だ。フェザード、お前が来る必要はもうない。私はもうすぐでこの星を脱出する。あと40分で爆発するからな』


『……了解』


ムセイオンはそばの機材を全てスーツケースにしまった。

そのうちの一つであるタイマーを見る。

依然としてデジタル数字は刻々と変化していた。


【00:40:23】


40分後、【ゼウス】は爆発するだろう。

それを見届けるのはおそらく大気圏突入寸前だろうが。


わずかな音しか聞こえない室内に風が入り込み、その寒さにムセイオンは身を縮こまらせた。窓の外はすでに明るく、あちらこちらに白煙が上がっている。


真銀戦の侵攻が終わったことを静かに告げる夜明けの光とともに、ムセイオンは1人撤退の準備を始めた。

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