バルキュリア侵攻

じょじょじょ

第1話 昏睡

ーーー昏睡ーーー



「嫌だ嫌だ嫌だ!」


そう叫ぶ彼の声にならない思いを機械は考慮しない、目的を遂行するために動くのみだ。考えることしかできない彼は合間見えた"あいつ"の顔を睨んだ。

ローブの隙間から見えるわずかな笑み。


"あいつは笑っていた"



ーカザ歴455年9月26日ー



惑星ジュピターの国営病院のベッドで神内玲人じんないれいじは眠っていた。俗にいう昏睡状態であった。


玲人の枕元に立つのは玲人の叔父、そして元星間協定連合ジュピター支部長の神内浩二だ。浩二は4年前に突如悪評に塗れた本部からの派遣人に支部長の座を奪われ、それからは星間連合をやめ、玲人につきっきりで看病を続けていた。


日付が変わり浩二の身につける携帯I.E.R【情報収集端末】が突如曲を奏でる。

誰しもが知っている誕生日の祝い歌だ。それが示すのはつまり、今日は浩二の誕生日なのだ。にもかかわらず、浩二の顔は暗く澱んでいた。


なぜならかれこれ6年もの間玲人は目を覚まさなかったからだ。


そしてちょうど5ヶ月後迎える誕生日で昏睡状態に陥ってから7年目になろうとしていた。もう何年待とうが目覚める気配は微塵もなかった。

原因はわかっている。

6年前の災厄、【ジュラポリス・ディザスター】だ。

その事件によって玲人は両親を一度に喪った。


ーーー


6年前、自宅で夕食を食べていると大きな衝撃音が浩二を襲った。

何事か、と近くにあった中性子銃を持って庭に出るとそこには超小型飛翔船が墜落しており、大きなクレーターができていた。

その大きさから、超小型飛翔船は高速で地表に激突したらしかった。着地状態から見るにエネルギーが飛翔途中で底をついたのだ。

警戒しながら慎重に扉を開けると、そこには彼方の星にいるはずの玲人が意識を失って横たわっており、その胸には円盤状の医療機器、プラセバ【高度医療端末】が付いており、赤い輝きを放っていた。


意識を失っていた玲人を浩二はすぐに国営病院に運び込んだ。外傷は無いものの診断結果は心神喪失による昏睡。回復薬は時間しかなかった。


ーーー


浩二の兄である正一とその妻、神内彩に何が起こったのかはその次の日の臨時宇宙ニュースで知ることができた。

中央都市真核惑星レギオンが一瞬にして消滅したのだ。

原因はすぐに発表された。正一の研究目的であったマイクロブラックホールの暴走だというのだ。

星間連合は、半径2μmのブラックホールは周囲の物質を吸い込み、瞬時にして巨大ブラックホールへと成長したと発表した。その事件は死亡者0人、行方不明者452億人、消失惑1個という甚大な被害を出した。


しかし、浩二はそんなことはないと信じていた。

正一が研究していたのはただのマイクロブラックホールではなく暴走期と沈黙期を周期的に繰り返す周期性マイクロブラックホールであり、且つその周期は9年。研究発足から12年での暴走など周期的にはあり得ないし、たとえ12年で暴走したとしても星を飲み込めるほどには成長していないと星間連合に申し入れた。しかし星間連合本部は聞く耳を持たず、後日、宇宙テロ組織、真蓋銀河統一戦線から犯行声明が出されたことによって浩二の主張は棄却された。

この犯行声明に対し星間連合は徹底抗戦を告げ、この事件は収束へと向かっていった。


ーーーー


浩二はまるで眠ったかのように動かない玲人を見ていた。

病室内には酷にも玲人の心拍を告げる機械音だけが響く。


玲人が眠りについてから2年後、一向に回復しないことに疑問を持った浩二は担当医師に精神潜行【アクセスダイブ】を依頼した。

担当医師とともに玲人の精神に潜った浩二はその目を疑った。

玲人は現実の悲惨さに目を背けたかったのではなく、寧ろその現実を受け入れていた。

あの日の事件を脳内でシュミレーションし、‘あいつ‘を殺そうと模索していたのだ。

昏睡から6年。そのシミュレーションが何回、何万回行われたのかは想像したくもなかった。

しかし、精神内の玲人は"あいつ"を殺すことができなかった。後一歩、後一歩のところで無機質な声が響く。


《本体への危険接近を感知、撤退、回避行動を開始します》


その瞬間、玲人の体が固まり、悔しさを顔に浮かべて、撤退が始まる。何回見ても結果は同じだった。

しかし、玲人は諦めようとはしなかった 。

無機質な声が言う《危険接近》に触れないよう試行を重ねていたのだ。けれども結果はやはり全滅。相手に近づこうとした時点で無機質な声が起動し、玲人の自由がきかなくなるのだ。

夢の中で玲人は泣いた。そして泣いた玲人を浩二は見続けることしかできなかった。


ーーー


精神潜行【アクセスダイブ】が終わった直後、浩二は担当医に懇願した、あの声はなんだ?どうにかできないかと。

しかし返答は予想通りのものだった。


『あの声はプラセバ【高度医療端末】のものですね。基本、プラシボ【医療端末】は病院の解除コードもしくは政府の解除コードを使えば解除が可能です。しかしプラセバ【高度医療端末】となると施行者が定めた解除コードが必要となります。現時点で玲人くんの胸のプラセバの解除コードは不明です。』


浩二は絶望した。"あいつ"を殺さない限り玲人は昏睡から目覚められないと思ったからだ。


『それじゃあ、玲人は…玲人はどうやって目覚めると言うんだ!それに、目覚めた後どうすればいい!行き場を喪った悔しさや恨みはどうすればいいんだ!』

気がつけば叫んでいた。

その声に気圧され、担当医が躊躇いがちに口を開いた。


『残念ですが…時間が解決することを祈るのみです…』


そう言うと担当医は席を立ち、病室を出ていった。


静寂だけが残った病室の中で、浩二は玲人を救うべく決意した。そうして荒々しく扉を閉め、病院を出ていった。

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