明日はきっといい日になる

@nano-micro

第1話

「朝が来るまで、一緒にいたい」

彼の一言が私に刺さる。

割とありふれた言葉であるが……

返す言葉に困って、迷った。

なんとなく、自分の視点が斜め45度に目線が泳いでいくのがわかった。

「あ、うん。ちょっと今日は忙しいかな………」

最近、私は思う。

この先のことを思うと、どうすればいいのか、と。

毎度のようにデートを繰り返してはわかれて、今の彼とはなんだかんだ続いている。

しかし、同じ夜を明かしたことはない、要するに行為に及んではいないというところだ。

逃げているといわれれば、まあ、その通りでしかないとは思うけど……


けど、それでも考えてしまうのである。いまこうして付き合うことにたとえばなんの意味があるのだろうかと。

最近彼から、誘われることが多い。

そりゃそうなるだろうけど。

怖い、というのもなんだか少し違う気がする、彼が嫌いというわけではないのだが、この先を共に過ごしたいとも、やはり思えないのが事実だったから。

まあ、そんなこんなでまた今日も彼の誘いを断り、帰路に就く。

「ご飯どうしようかな」

私は今、大学生で一人暮らしをしている。

かわいいか、かわいくないかで言うと、たぶんかわいい部類に入ると思う。

まあ、うまく世渡りができているかといわれるとそれも微妙なところだが……

大学生としてでいうなら垢抜けたような生活ができてるわけでは決してない。

なんというか、淡々としゅくしゅくと1日1日をこなしていくそんな感じだと思う。

他人によくみられようとするよりも、自分を守ろうとしているだけなのだから。

乗り込んだ電車は終電より二つ前だった。

私はいつからこんな風になったんだろう、私は電車が重たい図体をゆっくりと動かし始めるのと同時にふと考えた

そういえば昔、小学校の頃に可愛いけれど我が強い子がいた。

要するに自分勝手で横暴で、だけどほんとは不器用だったんだなって子だ。

電車が止まった。

各駅停車だから、駅に着いたんだろう。

まどろみのなかで、夢を見た。

小学生の自分になって

明日は遠足だ。

私は楽しみだった。

具体的にいうと、そうだなぁ、好きなおもちゃを一うどころか二つも買ってもらえる!っと言ったくらい嬉しくて、今からワクワクしていた

次の日、まぁ当然のように寝不足になってしまった私なのだが

少し遠出の遠足のために電車に乗っている時、その彼女の声が聞こえてきた。

眠くて、まどろみのなかで

「次、降りるよ」

どうやら、私だけでなく、他のグループの子たちもあまり眠れなかったようで、彼女が声をかけて起こしていたようだった。

それを聞いてなんとなく意識が浮上してきたのだが、それを見ていた子たちも、実際に声をかけられ起こされた子たちもジメジメとした嫌な視線で彼女をみて、またヒソヒソと話をはじめた。

「何勝手に張り切ってんのかな、きもい。」だとか「男子に対して態度違うよね」とか

要するに、彼女は裏でその行動力の高さと周りをかえりみることのなさから反感を買っていた。

私は別になんとも思っていなかったのだが、少しかわいそうだな。と彼女には同情していた。

電車を降りて歩き始めると慣れてきたのか、だんだんと声が大きくなっていた。

先生は聞こえていたのかわからないのだが、彼女には聞こえていたみたい。

彼女は怒った。

きっと根がまっすぐな子だったからだと思う。

思い切りその子に対して声を荒げた。

それに関してはさすがに先生も気がついたようで、前を歩いていたのだが、駆け寄って後ろに来た。

「文句があるなら言いなさいよ!

別に何か悪いことでもした!?」

ストレートで、強い口調だった。

言われた子はびっくりして半べそかいてしまっていた

その後、彼女はみんなからさらに反感を買ったのはいうまでもないだろう。

今だからこそわかるが、人というのは、少なくとも事情を知らない場合は怒っている人よりも怒られてる人の味方となる

(ようはアダムスミスの「共感」であるわけだが。)

とりあえず遠足中ですら、それなりに人気のあった男子すらも彼女を嫌悪し、もとより嫌悪があった女子は激しく彼女を嫌った。

流石の彼女もそれにはこたえたようで、1年もしないうちに転校を余儀なくされた。

しかし、私は知っていた。

彼女は決して100パーセント非があるわけではないことを。

だから遠足の時、事情の知らない男子はともかく女子と揉めた。

そして、彼女は遠くへ行き、私は何もかもを失い、1人になった。

それから、私は人を信じなくなったのかもしれない。

「信じられなくなった」のではなく「信じなくなった」のである。

淡々と、意味を咀嚼するように人生を一つ一つ作業のように終わらせる。

彼氏ができた理由は簡単でまぁ、多分可愛いから告白される。

そして、最初のうちは断るのだが、そのうち周りの反感を買う。

それが面倒なために彼氏を作っては何も進展をさせないようにしては別れて来た。

今回もそうだと思っている。

「実際にどうでも良い」

投げやりである。

寝言のように呟いた。

そこでハッと目が覚めた。

完全に乗り過ごした。

「はぁぁぁぁ…ツイてないや…」

終電もとっくのとうになくなり、どうしようもないのでとりあえず駅を降りてみた。

そういえば、ここは小学生の時に来た遠足の場所だな、となんとなく思い出した。

〔グルゥーー…〕

お腹の音がなって、また一つ思い出した。

「そういえば、夕飯を食べてないじゃん。」

駅近に今時珍しい屋台のラーメン屋があったので、そこに入った。

1人女子がラーメンというのは世間体からすると気がひけるものだろうが、こんな時間だし、私はお腹が減っている、さらに美味しそうな屋台が目に入ればもう、しょうがないと思う。

「お前さん、なんだかかわいくねぇな。」

おじいさんよりのおじさんがいきなり声をかけて来た。

私はびっくりした。

「……?私?」

思わず目が点になった。

本当に点になるものだなぁとなんとなく他人事のように思った。

そりゃあ、客は私しかいないのだから、私のことなのだろうが。

「……ラーメンください」

まぁ、余計なことを言うのはよしておこう。

「あ、あとビール。」

一応、私は19歳である。

「あんた、未成年だろ」

おじさんはふっと笑った。

内心びっくりした。

私がお酒を頼むのは初めてだが、そんなに分かるものだろうか?

「ほい」

どすっと重たい音が聞こえた。

前を向くと瓶ビールが一本置いてあった。

横には冷えたグラスも。

「まぁ、さぁびす?みたいなもんだ」

わざとなまったような言い方をしたおじさんは今の私に何かを感じたのだろうか。

そうと思うくらい不思議な人だと思った。

「ありがとう、でも失礼ですね」

少しだけ警戒を解いて話をしてみたくなったので、さっき言わなかったことを言ってみた。

「私、かわいいですよ」

普通なら自分で言うことではないだろうけど、私はなんだか意固地になって言った。

「まぁ、顔とかでいえば、かわいいだろうな」

おじさんはまた無愛想に笑う。

「生きてないんだよ、なんとなくな」

ラーメンをお湯に入れる手つきは本当にプロそのものだった。

みていてなんか落ち着くなと思った。

「まぁ、人生なんてって思ってますから」

私は思いついたまま言葉を放った。

「お前さんにはまだ語るに足りぬもんさ、人生なんてな」

麺を湯ギリし、スープをつくり、瞬く間にラーメンが出来ていく。

その工程にはやはり惚れ惚れするような鮮やかさを感じた。

「美味しそうですね」

会話をあえて中断して言ったのではなくて、本音からそう思って言葉が溢れた。

「こいつは俺の人生だからな、そりゃあ美味いだろうよ」

ニンマリと笑ったおじさんは少年のように輝いて見えた。

私はいつかの私に戻れればいいのに、と心から思った。

こんな風になる前にらきっといくつもの選択があったんだろう。

「ほい、おまたせ」

コトン。

ラーメンが置かれ、煙が顔にぶち当たる。

あぁ、本当に美味しそうだ。

涙が溢れてきそうなくらいに。

「ビールとよく合う」

おじさんは独り言のようにいった。

「ついでくださいます?」

私はちょっと笑いそうになって言ってみた。

「しょうがない、お嬢さんだとことでね」

おじさんは憎まれ口のような感じで言ってはみたもののビールを注いでくれた。

「苦いですね。」

思わず口をすぼめてしまった。

「まぁ、まだその良さがわからんのかもしれねぇな

人生もそうだ、良さってのは時間が経つとともに分かる事もあるんだ」

おじさんは言った。

「ラーメンは伸びないうちにな」

私は割り箸を割ってラーメンをすすった。

美味しかった。

一番だと断言できるほどに、本当に美味しくて美味しくて美味しかった。

ビールをもう一口飲んだ。

わからなかった事がわかる。

おじさんが言っていた、良さとはこう言う事なんだろうか?

私は未熟な思考でもそれなりに考えた。

深みが増すというのはこういうことなんだろう。

初めての感覚で少し顔がほてった。

酔ったのかな?

「ここは繁盛しないんですね」

少し嫌味っぽくいってみた。

彼といる時よりよほど気を使うことがなく話をしている自分に驚いた。

「自分のために生きろよ」

おじさんは言った。

「そりゃあ、そうよ。……ごちそうさま。」

ちゃっかりとラーメンとビールを平らげた。

「あ、そうだ。もう少しここにいてもいい?」

おじさんは何も言わなかったけど、否定ではないようなので座ったままでいる。

多分、まだここにいて良い。そうなんだろうと勝手に解釈して居座ることを決めた。


おそらくは小一時間程度は互いに何も話さずにいた。

まだ、夜は続くという感覚を身体のどこかで感じながら、空になったラーメンの器をまた眺めていた。

「こんな時間に来るとは珍しいな。君みたいな少女が」

ラーメンについてではなくて、ほかの話になるとなんだかやはり少し寡黙な風に見えた。

「俺も、失敗ばかりだったとは思うけど。いまこうしていることを間違った選択とは思わない」

おじさんは少し遠くをみるようにそうつぶやいた。

自分はどうなのだろうか、私は問うた。

「夜ってこんなに暗いのね」

「そうだな、星も見えないな」

都会から少し遠くに位置する場所は、小学校の遠足にはちょうど良い場所だったのだろう。

星こそ見えないけど、その空に広がる大きな闇は恐ろしさではなく、穏やかなものに感じられた。

何を話してるわけではないのに、疲れはしない。

むしろ心地の良さに浸り、今までの自分とは別なそんな感覚だった。

「俺からのおごりだ」

もう一本の瓶ビールをごとりと置く。

仰々しいほどしっかりした音を立て、ビールがその存在を知らしめる。

こんな夜は、悪くないな。

私は思った。

「また、くるね」

空が白み始める少し前、そんな予兆がチラリと見えるくらいに私はそう言ってお金を置いた。

1500円ほど。

おじさんはそんなに要らないと言ったが、私は首を振って、また話してね。とだけ言って歩き始めた。


「そろそろ始発かな」

いつからこんな不良になったのか、私は自虐的に言ってみた。

空はいつの間にか明るくなっていた。

白んだ空の中に今も星はあるように私もここに居るんだと、いまは見えてなくても、ここな居るんだと。

確かに感じた。

電車が揺れる音に微妙に残ったアルコールが体を重くする気がした。

寝てないせいもあって、意識もいつの間にかどこかへ遠のいて行くのが他人事のように感じられた。


「終点 荻窪、荻窪。」

そのアナウンスで目が覚めた。

本当にぼんやりしていたようだった、迂闊だったなと。

時計を見るともう7時をすぎていた頃だった。

もしかすると私は何度か行き来をしていたのではないか。


なんとなくケータイをバックから出してみると、メールが来ていた。

「ごめん、君を傷つけたなら僕はどうしたらいいのか、本当にわからないけど

本当に大事に思ってて、一緒にいたい」

彼のメールだった。

送られて来た時間は夜中の3時半。

(悩みに悩んだ結果のメールだろうな。)

心がズキンと傷んだ。

返す言葉が見当たらないまま、ケータイをを閉じた。

ある意味、あのとき人生について語っていたおじさんの言葉が頭の裏をよぎる。

「そんな簡単じゃないし、そんな単純でもない。

知った気になるにはまだまだ、だ。」

私は言ってみた。

言葉には力がある、と誰かが言っていた。

私はいまその力を借りようと思って、言の葉に思いを込めて。

「だから、私も立ち止まっていられない。

進まなきゃ。」

それが例えば苦しい結末だったとしても、逃げてもやめることなんてできないこの人生。

日が少しずつ上に登っていく感覚。

視界の端がぼんやりと淡く白んでいく。

駅からはもう何駅も離れた家に歩いて帰ろうと思った。

駅をでてから。

目を閉じては息を吸って、家路につく。

ケータイの返信はどうしようか、頭には酔いのボヤけはないのにどうすればいいのかもわからないな。

ケータイを開いた。

ボワっと画面が明るくなって、そのときなんでだろうか、電話帳を開いた。

私は考えるよりも先に指が動いた。

電話を掛けていた。彼に。

時刻は8時になる少し手前で、彼はどうしているんだろうか

「もし、もし」

思った以上に声がうまくでなくて焦った。

「ごめん。」

第一声はそれだった。

彼は擦れた、枯れかかった声でそう言って、電話が切れた。

頭が一気にクリアになって、目頭が熱くなって、どうしたのか、私はあまり覚えてない。

行ったことのない彼の家、場所だけは分かってた。

幸い、この駅からは近かった。

気がつくと目の前に彼の家があって、インターホンを押した。

夢中で、呼んで、すると

「あの…」

見知らぬ女の人が出てきた。

「え…あ…」

声が出なくて、目の前がクラクラして、まるで昨日の酔いが今になってふたたびぶり返したのではないかとすら思えた。

涙が出て、どうしようもなくて。

「…………あ、きて、くれたの」

彼がぼやっとした出で立ちで出てきた。

「ごめん、ごめん、ごめん。

ごめん…」

私は謝って、この場を去ろうと反射的に駆け出して、でもうまく動けなくて。

「君が来てくれた。」

彼がすごく嬉しそうにまるで子供のように笑って、私は余計に困惑して。

「えっと、私は妹です、よ?」

前に出て来た顔立ちの整った彼女の言葉を聞いて、今度は後頭部に強い衝撃を受けたかのように衝撃をうけた。

「ごめん、昨日ショックすぎて、飲みつぶれちゃって…」

彼はいまこうして見ると、正直酒臭かった。

ちなみに成人はしてる。

「んと、ちょっとやけ酒というか、なんというか…」

「私はまぁ、愚痴聞きみたいなもんです」

困り果てたように笑った彼女の言葉は嘘の気配はなくて、なんだか気が抜けた。

「嫌われちゃったかと思った。」

彼が今度は涙をツーっと流して、なんだかそれをみて、私は笑ってしまった。

子供みたい。

「本当に、知らないことばっかり。」

人生、わかんないことばかりだからって、怖がって逃げ続けた私が、ある日見つけた居場所。

そこのラーメン屋のおじさんがいままで諦めて逃げて来た全部。

それを否定して、いままで知らないことやら逃げて来たこともまだほんの一部だって教えてくれた。

だから、今から、今度こそ。

少しずつ、少しずつ、進もうと思った。

「昨日はごめんね。

私は…………」

自分で選ぶ道は自分のことを照らす道になると。

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