新たなる御利益

foxhanger

第1話



 年の瀬も迫ってきた頃、神社の社殿で、今日も宮司と禰宜が深刻な表情で話し合っている。

 年始は神社にとってかき入れ時、ほんらいは忙しくて仕方がない時期だが、それどころではない事情があったのだ。

 この神社では先日、先代の宮司が殺される事件が発生した。殺したのは身内で、以前からカネや地位を巡って骨肉争いを繰り広げており、事件はその果てだった。犯行直後に自殺したが、そのとき「怨霊になって末代まで祟ってやる」という内容の「遺書」をのこしていた。事件に伴って「お家騒動」も広く知られ、マスコミに連日報道される有様になってしまった。ダメージは計り知れないのだ。

「こんなことで、初詣にひとが来てくれるだろうか。家内安全も無病息災も、説得力がないよ」

「例大祭も出来るかどうか」

「神社と門前町は一蓮托生。このままでは町そのものが廃れてしまいます」

 考えれば、考えるほど、悲観的になるのだった。


 事件以来昼間の参拝客は目に見えて減ったが、そのかわり、ある現象が起きていた。

「最近、夜にひとが多いような気がするな」

「丑の刻参りですよ」

 たしかに、暗闇に耳を澄ますと、コンコンと音が聞こえる。わら人形に五寸釘を打ちつける音だ。ぽつぽつと明かりが見える。頭の五徳に取り付けたろうそくの火だ。

「あんな事件が起こったから、呪いをかける場所としてふさわしいと思うやつらがいっぱいいるんでしょうね。全く……」

 事件以来、この神社の丑の刻参りは 「ほんとに御利益がある」との噂が口コミやネットを通して広まっていったようだ。

 境内ではわら人形に五寸釘、金槌を携えた行列が並び、最寄りの地下鉄駅から神社に向かう白装束の男女が日増しに増えていった。仲見世が商うものも、わら人形や五寸釘、百目ろうそくなどになった。

 それだけではない。

 絵馬に書かれる願い事も変わっていった。「合格祈願」や「無病息災」は影を潜め、代わりにこんな文言が。

「いじめるやつらにふくしゅうしたいです」

「おれをパワハラで退職に追いやった課長を末代まで恨みます」

「『貴殿のご活躍をお祈り申し上げます』とメールをよこした御社を呪う」

「保育園落ちた、死ね!」

「毎日満員電車で痴漢する男が不幸になりますように」

「痴漢冤罪をなすりつける女が不幸になりますように」

「振り込め詐欺でワシの老後の蓄えをだまし取った男に裁きの鉄槌を」

「未来を食い潰す年寄りはさっさとくたばれ!」

「積年の大怨に灼熱の裁きを!」

「リア充爆発しろ!」

「ネトウヨは滅びよ」

「国賊に天誅が下されますように」

「××国は沈没して○○民族は絶滅しますように!」


「……最後のはまずいんじゃ」

「いや、寄り合いに行くとこの手の話題で盛り上がることが多いからなあ」

 丑の刻参りがすっかり定着した頃、禰宜が血相変えて駆け込んできた。

「最近、丑の刻参りについて近隣住民から苦情が出てます。夜中にコンコン釘を打つ音が響いて眠れないと。あと、あの白装束が毎日商店街をぞろぞろ歩かれると、雰囲気が悪くなって堪らないと……」

「うむ。神社と門前町、氏子は共存共栄、無視はできんな」

 神社は対策を講じた。境内を防音壁で囲み、入り口には白装束に着替えるための更衣室を設置した。これで安心して、丑の刻参りが出来るようになった。

 丑の刻参りといえば「不能犯」の代名詞である。誰も止めることは出来ないのだ。

 「呪いの神社」は評判になり、世界中から観光客が押し寄せてきた。

 神社の売店では、「怨」「呪」と書かれたお守りが飛ぶように売れた。これを身につけて呪えば、願いが叶うという触れ込みだ。

 門前町は「呪いの町」として町おこしがはかられた。

 店先のスピーカーからは、山崎ハコ「呪い」と中島みゆき「うらみ・ます」がヘビーローテーションされている。

 仲見世の店頭には、丑の刻参りグッズのほかに、世界各地の呪いグッズが並んでいる。

「これ、ブードゥーの呪いの人形じゃない」

「外国人観光客のものだ」

 チョコバナナを売っていた屋台は、冷凍バナナを売り始めた。こんな謳い文句で。

「-30℃のバナナで五寸釘を打ちましょう!」

 寿司屋に入ると、こんなメニューがあった。

「クトゥルーセット。イカ、タコ、カニ、エビ」

「やれやれ、邪神なら何でもいいのか。こっちのSAN値が下がりそうだよ」


 そして、ある晩。

 神社に黒塗りの高級車が車列をつくって乗り付けた。スーツの男が数人社殿にやってきて、身分証明書を見せて

「これから参拝される方のことを、どなたにも言わないでください」

 仲見世通りはSPによって封鎖された。

 数日後。

 臨時ニュースが入った。

 某国の最高指導者が急死したという。

「あの国とは、なにかともめていたからな。これで外交政策も変わるんじゃないか」

 禰宜は喜色満面だった。

「あの日の調伏が報道でリークされたようですね。ネットでは賞賛の書き込みがあふれています。『国民の願いが叶った』ということで、お礼参りの列が引きも切りません。大繁盛ですよ」

「しかし……いいのか」

 宮司はぽつりといった。

「ひとを呪わば穴二つと言うじゃないか」

「散々稼いで、今更そんなこと言わないでください!」

 禰宜に一喝されたが、そのとき、宮司の懐に入れていたスマホが警報信号を発した。

「緊急地震速報……!」

 次の瞬間、突き上げるような衝撃が何度も襲った。激しい横揺れになり、轟音とともに社務所の建物が歪んで破壊され、屋根を支える梁が頭上に落ちてきた。

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