ひだまりの中の暗殺者

アーキトレーブ

サニーサイドアップ


 その人は真っ直ぐな重力に対して、背筋をちゃんと伸ばさない人だった。


「なあ、自分の考えていることわかるか。お嬢ちゃん?」

「わかんないよ。わかりたくもないし、わかろうともしたくない」


 でも、わかってしまう。

 彼は重油のようにねっとりとした黒いスーツを着て、道化師の仮面を被っていた。

 縛り付けられた状態で、見上げる彼の表情は笑顔だった。紅い唇が耳元まで吊り上がり、真っ白な歯が均等に並んでいる。その黒髪はキッチリとオールバック。


 身なりはしっかりとしているのに、その姿勢と小馬鹿にしたようなしゃべりで台無しだった。


 プラスチック製のお面を見せつけるように、私の耳元に口を近づけた。


「俺にはそんな風には見えない。お嬢ちゃんはとっくにわかっている」

「ねえ、一体何があったの? 教えてよ」

「嫌でも、お嬢ちゃんはわかってしまう」


 彼は鋭いナイフを取り出した。その煌めきは眼底に突き刺さり、脳裏から離れない。猫じゃらしのように振ると、私はどうしてもそれを眼で追いかけてしまう。


「ほら、正直者だ。わかってしまうだろう。自分が何を求めているか」


 私は無言になってしまう。

 砂漠で彷徨う旅人が水を求めるように、私はそれを求めてしまう。その銀色の刃から眼が離せない。



 平和のような日常は、砂のお城のように崩れ去った。

 日本は世界で一番銃が規制されていると言うが信じられなかった。この部屋にはドイツのH&K社が開発した短機関銃、UMPが転がってるじゃない。あれ、どうしてそんなことを知ってるの?


「ほら、思い出してきた」


 ピエロは仰け反って、首を傾げて、私を小馬鹿に嘲笑する。

 私自身なんでそんなことを思い出せたのかわからない。


 今日は。

 今日はいつもと同じ朝だった。


 お母さんに叩き起こされて、二度寝して、また起こされた。いつもよりも15分ちょっと寝坊して、乱暴に髪をセットした。

 リビング行くと、お父さんは既に食べ終わり、コーヒーを飲みながら新聞を斜め読み。兄貴は朝からごはんをおかわりしていた。


「ゆっくりでいい。この光景を見れば、自ずと思い出す」


 言われた通りに、自分のまわりの惨状を見ていく。


 ここはとあるマンションの一室。

 私が十七年間住んできた家だった。私は堅牢な手錠で、背後で両腕を拘束されて、食卓の自分の椅子に縛り付けられている。


 そこから見える風景は、決して爽やかな朝なんて言えなかった。割れた窓ガラス、フローリングの血だまり、大型液晶テレビに残っている銃痕が生々しい。


 床には襲撃者である二人の軍人のような男達と私の家族が転がっていた。息をしているものはいない。


 悲しい。でも、不思議なのはそこまで感情が高ぶらないことだった。


「私が来る前に、一体何があったんだい?」と男の声が頭に響く。


 私が目玉焼きに醤油をかけようとした時に、彼等が短機関銃を抱えて、二十階にある我が家の窓から突入してきた。 

 窓ガラスが割れて床に落ちる前に発砲。放たれた弾丸は、私の父と母と兄を打ち抜いた。


 もちろん私にも弾丸が飛んでくる。でも、まるでドッチボールの球を避けるように、無意識にそれを避けてしまった。


 条件反射なのかもしれない。

 本来、ウインナーを食べるために置いてあったフォークをひっつかみ、突入してきた彼等との距離を詰める。


 駆け寄る私に、彼等は再度標準を合わせようとするけど、間に合わなかった。


 持っているフォークを一人の男の眼球に突き刺して、彼のポケットからナイフを奪う。

 両手首を切り離して、その大きな銃を奪い取った。飛び上って、彼の背中の上に登る。

 その頸動脈をナイフで突き刺して、流れるように銃弾を、もう一人の刺客に浴びせた。


 彼等はその場に崩れ落ちた。


 最後に二人の脳幹を打ち抜いて、事態が収束したからなのか、そのままブラックアウト。

 目が覚めたら椅子に縛り付けられて、このふざけた男とご対面。


 だんだん思い出してきた。戦闘状態が解けて、頭が飲み込めない事実をゆっくりと消化し始めた。


 栗色のカーディガンに飛び跳ねた血は消えていない。


 全てを把握して、私は勢いよくピエロの方へ視線を戻す。


「ハッピーバースデイ」


 別に今日は私の誕生日じゃない。そのピエロは陽気に笑っていた。

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