六日目⑥
雨の中、空港を出たバスは高速道路を疾走する。
片側三車線の快適な道がしばらく続き、左側に列車が走り去っていくのが見えた後、壁のごとく建ち並ぶ超高層マンションが現れた。やがてランタオ島から馬湾という島にかかる汲水門大橋を渡る。馬湾にも、山から生えたように超高層ビルが林立していた。
「すっごーい。ビルがいっぱいだよ」
カコは、スマホで撮影しながら食い入るように車窓を見ている。
「まだ一部だよ。香港には百メートル以上のビルが二千三百五十四棟あって、世界の都市の中で一番多い。ちなみに東京は五百五十六棟で三番目」
「桁違いだね」
「数だけじゃないよ。百五十メートル以上と定義されている超高層建築物。香港では二百九十四棟あり、一番高いのは香港の西九龍地区にあるユニオンスクエア内に建つ環境貿易広場ビルで、高さは四百八十四メートル」
全長一三七七メートルもある青馬大橋を渡り、さらに進んでトンネルを抜けると、バスは古めかしさのある香港市街へ入っていく。
「色んな形のビルがいっぱいでごちゃごちゃしているね」
不思議そうにみているカコを、サクヤは横目で一瞥した。
「香港には風水の五行をもとに造られた建物がいっぱいだから」
「風水でビルの形まで決めてるの?」
「正方形や立方体に見えるデザインのビルは土、長方形は木、円形や円柱に見えるデザインは金、曲線や波型は水、ピラミッドや三角形は火。組み合わせやバランスでビルの風水を良くするために役立ててる」
「へえ……ねえサクヤちゃん、あれはなんの店なの?」
「どれ?」
カコに言われてサクヤは、窓外を覗く。
ビルが立ち並んだ彌敦道(ネイザンロード)沿いには、宝石店が多い。特に目立つのは、『周大福』と読める赤い看板だ。
「あれは不動産開発やホテル、カジノ、交通、宝飾品、港湾、通信事業などを営んでいる複合企業。なかでも金製品専門店として有名で、金行とよばれてる」
「銀行みたいなの?」
「まあね。香港をはじめ中華圏では、純金製品を買って貯め込むのが有力な蓄財方法だから。一種の金融機関の役割を果たしてるんだよ。中国本土からの買い物客が増えて以来、こういう店がどんどんできたらしい」
乗車はおよそ一時間。旺角から油麻地を過ぎ、佐敦に入って『恆豐中心』のバス停でサクヤたちは下車した。
道路を挟んだ向かいの建物を見上げる。
今回泊まる、新樂酒店(シャムロックホテル)である。
九龍観光拠点の彌敦道に位置し、地下鉄MTR佐敦駅から徒歩すぐ横という最高の立地にある、一九四五年開業の老舗三ツ星ホテル。これぞ香港という姿を垣間みれる佐敦と油麻地は、歴史豊かな廟街(テンプルストリート)の中心にあり、北に旺角、南に尖沙咀と賑やかなエリアへ足を運びやすい。
館内や客室内は、古き良き香港の面影を残しつつ、改装を頻繁に行っているため、築七十年の古さを余り感じさせない。スタンダードルームからスイートルームまで、総客数一五八室。ビジネスホテル、といった感じである。
チェックインを済ませて部屋に入ると、
「え、狭っ」
カコが仰け反りそうに驚いていた。
キョウも撮影しながら、他に部屋はないかと扉を開けていく。
シングルベッド二台にデスク、クローゼットと金庫。椅子、有料のミニバー。バスルームに浅めのバスタムがついていて、トイレと洗面所、ドライヤーやアメニティー、飲み物も用意されている。
「昨日までが広かっただけで、香港だと十分広いって」
香港の良くない所の一つがホテルなのは、サクヤも知っている。旅行者が多い街ゆえホテルは多いが、マカオや中国にある同系列のホテルとくらべると高くて狭い感じが拭えない。
それはわかるのだが、あえてサクヤは言いたかった。これまで泊まってきたホテルに原因がある、と。
世界遺産の街ホイアンの中心にあるビンフンヘリテージホテルを除き、スパ・メインのフュージョン・マイア・ダナンのスパヴィラとリゾートホテル、ハイアット・リージェンシーのリージェンシークラブは五つ星。
香港街へのアクセスが最適の老舗、シャムロックホテルは三ツ星。
劣るのは当然である。
だがしかし、シャムロックホテル周囲の店舗は夜遅くまで営業し、食べ物屋が多すぎて選ぶのも困るほどなのだ。目的と予算の都合を考慮したなかでは最適な選択だと、サクヤはやんわり二人に説明した。
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