四日目②

 サクヤとトモは、昨晩訪れたメインレストランのファイブダイニングルームに入り、空いていた北側の席に座る。

 自分で好きなものを取りに行くビュッフェスタイルではあるが、まずはじめに朝食アラカルトのメニューから一品とドリンクを選ぶようになっていた。日本人観光客が多いのか、日本語のメニューが用意されているのはありがたい。


「ねえねえサクヤ、ステーキがある」


 トモの声が甘えるような囁き声に聞こえ、迷いの切りが晴れた瞬間だった。


「まじでか、よし」


 二人はビーフステーキを選択した。説明書きによれば、オーストラリア産牛ヒレ肉のミニステーキで、ヨークシャープディングとガーリックトマトと肉汁ソース添えと、フーコック島名産グリーンペッパーコーンのふりかけ、となっている。

 アラカルトと飲み物を注文してから、ビュッフェを見てまわる。

 大きさと彩りを揃えて取りやすく並べられている。

 パン類、ハムとチーズ各種、ビーフ、チキン、ポーク、フルーツゾーンには南国フルーツがカットされて並んでいる。日本とは違う野菜があってサラダの種類も多く、ふんだんに盛られて彩りが綺麗。フレッシュジュースゾーンには牛乳や豆乳、スイカや人参やきゅうり、オレンジ、トマトなどのジュースが用意され、スムージーやヨーグルト、シリアルも置かれている。

 炒飯風ご飯や煮物、炒め物が並ぶ。

 フォーなど麺類は注文で手際よく作ってくれる。チキンかビーフが選べ、サイズも大と小が用意されていた。

 食べたいものを皿に載せ、ジュースを持って席に戻る二人。

 アラカルトで選んだ四角いステーキ皿を、サクヤとトモは目の前に置く。

 皿の中央にガーリックトマト、その上にステーキとヨークシャープディングが置かれ、その周りを肉汁ソースでぐるりと円を描いている。夕食のコースメニューのような盛り付けだ。

 一口食べたサクヤの顔がほころんでいく。


「やわらかーい。ステーキを選んで正解だった」


 赤みのさっぱりとした肉。焼き加減も聞いて調理してくれていた。


「朝からステーキが食べられるなんてびっくりだね」


 トモも上機嫌で食べ進めていく。

 別皿にのっている焼きたてワッフルのサイズはやや大きめ。生地にシナモンが入っているのか独特な風味が漂い、食感はもっちりしている。


「ワッフルもおいしい。ここは美味しいものいっぱいだ」

「ほんとほんと。ベーグルとカリカリベーコンもおいしい」


 トモに同意するサクヤが惚れ込んだ品がもう一つ、ベトナムアイスコーヒーだ。一見してエスプレッソのような感じだがコクに深みがあり、思わずサクヤは唸ってしまう。


「そうか、この味は練乳を使っているな」


 サクヤは静かにグラスを見つめる。喜ばずにはいられない。


「練乳をグラスへ入れて、アルミフィルターでドリップしたのか」


 抽出後、クラッシュアイスを入れてできたのが、このベトナムアイスコーヒー。氷の量も程よい。南部では氷は小さく量が多いのに対し、北部に行くに従って氷は大きく量も少なくなる。ダナンはちょうど中間に位置する。これ以上の甘さを求めるなら、南部のホー・チミンで飲むのがいいかもしれない。

 サクヤは飲み干した器を遠慮がちに軽く掲げる。


「Another one, please.(おかわり下さい)」


 つたない英語が通じなかったのか、通じても忘れ去られたのか。

 おかわりは運ばれてこなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る