雑文

かとうひとし

スーパー

 近所にスーパーがある。商品はどれも安く、店員の愛想も良く、お惣菜も絶品ということは無いが、普段使いするには全く困らないスーパーである。少し離れたところに大きなショッピングセンターもあるが、日々の食事のための食料を買うには近所のこのスーパーで事足りるので、一番頻繁にそのスーパーを使っている。

 日々の食事に関して、節約のためと思い自炊することもままあるが、そこは男の一人暮らし、外食はもちろんのこと、ついついカップ麺や弁当、お惣菜を買ってそれで食事を済ませることも度々である。もちろん、そのカップ麺、弁当、お惣菜も先述のスーパーで購入しているのである。

 先日も食事の支度が億劫になり、やはりそのスーパーへと日の暮れた頃に出かけて行ったことがあった。その日は朝方に寝て、夕方に起き、水を飲みながら本を読んでいたら日が暮れていたどうしようもない日だった。とにかく動きたくもなければ頭を使いたくもなかった。しかし空腹は我慢できず、のそのそと外へ出たのである。

 動いてなくとも、腹は減る。そして、スーパーの惣菜コーナーで二割引きになった弁当を眺めていると、寝ぼけていた食欲も目を覚ます。まだ回り切らない頭で、私はかつ丼と太巻きを手に取り、かごの中へといれた。

 不健康に対する免罪符としてカゴメのトマトジュースをかごの中へ追加してから、レジに並ぶと、私の前で中年の男が商品の会計をしていた。色の少し黒い、作業着を着た男である。愛想の無い女性店員が淡々と精算済のかごへと移していく商品を私はぼんやりと眺めていた。かつ丼。鶏のから揚げ。缶酎ハイ。これがおそらくはこの男の夕食なのである。

 前の男の晩酌つきの夕食にわずかにうらやみを感じていると、会計の順番が回ってきた。やはり愛想の無い店員は言う。

「お箸おつけしますか?」

「お願いします。」

「お会計610円になります。1000円からお預かりします。390円のお返しです。ありがとうございました。」

会計は機械的に滞りなく済まされた。ありがたいことである。

 そんな無愛想な女性店員の応対について疑念が湧いてきたのは、家でかつ丼と太巻きを胃におさめたまさに時だった。

 すなわち、なぜあの店員は割りばしを一膳しかつけなかったのだろうか?私がこれを一人で全て食べるとなぜわかったのだろうか?

 これに対する回答はいくらでも想定することができる。単純なミス、面倒だったから、必要なら客から言うだろうと考えたから、などなど。いや、もしくは私が人と食事をするのを好むように見えなかったから、かもしれない。もしそう考えて割りばしを一膳しかつけなかったとすれば、彼女は慧眼の持ち主かもしれない。そうでなければ、私の見てくれがよほどひどかったのだろう。いずれにしても、私は一人で自嘲的に笑うことしかできなかった。

 さて、半ば蛇足であるが、この話には後日談がある。また別の日にやはり夕飯を買いに、行った時その出来事は起こった。から揚げ弁当一つとトマトジュースを持ってレジへ行くと、今回会計を行ってくれたのは若いお兄さんだった。

「お箸おつけしますか?」

「お願いします。」

「一つでよろしいですか?」

ヒトツデヨロシイデスカ?ほんのコンマ5秒ほど私はそのフレーズの意味が飲み込めなかった。単位の問題ではない。「君、箸は一つじゃなくて一膳だ。」ということではない。なぜ彼はこの一人前の弁当を私が複数人でつつくと思ったのだろうか?誰かと弁当一つを分け合って日々を食いつないでいるように見えたのだろうか?

「あ、一つで大丈夫です。」

私が首をひねりつつ、家で独りその弁当を食べたのは言うまでもない。

 私はあのスーパーの店員たちの近づきがたい奇妙な思考回路がいまいち分からないまま、今日も夕飯のための弁当を買いに出ようと思う。

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