第9話 決意
「村長さん、俺・・・」
サエちゃんがいなくなったベッドを見ながら俺は言った。
不思議に、悲しさは湧いてこなかった。
「センタさまのせいではない」
「サエは・・・センタさまが来てから幸せそうじゃった。それまでは、ふた親が死んでからというものは、いつも寂しそうな目をしておった。センタさまが現れて、久しぶりにサエの笑顔を見たんじゃ。サエは言っておった。大きくなったら、センタさまのお嫁さんになるんだ、とな」
「わしはに分かっておった。センタさまはこの世界の人ではない。サエがいくら望んでもセンタさまと添い遂げることは出来ぬ。その辛さを知るよりは、幸せなまま消えた方が良かったのかもしれぬ」
村長はそう言って部屋を出ていった。
一人になった俺は、ベットに手を乗せてサエちゃんが寝ていたあたりを撫でてみた。
そして、ベッドに頬をのせた。
ベッドからは、サエちゃんの残り香さえも漂ってはこなかった。
その時に初めて、猛烈な悲しみに襲われた。
俺は歯を食いしばりながら泣き続けた。
それから、現実の世界に戻り、鉄棒を掴んで庭に降りた。
じっとしてはいられなかった。
鉄棒を振り下ろすたびに俺は自分を責め、自分を打ち据えていた。
なんで、連れていったんや!
なんでもっと気を付けへんかったんや!
なんで俺が先に様子を見に行かんかったんや!
何度も何度も、同じ事を繰り返し思いながら、ヘトヘトになるまで鉄棒を振り続けた。
そして、これ以上振れなくなって、鉄棒を置いてそばの石に腰掛けた。
頭の中に次々とサエちゃんとの思い出が浮かんで来た。
笑顔。しぐさ。チューをせがむ時の愛らしい顔。全部が俺の中にあった。
そうや。サエちゃんは俺の中にいる。
サエちゃんの言葉が浮かんで来た。
センタさま、お願い。村のみんなのために魔物を退治してね。
俺はサエちゃんと約束した。
サエちゃんのためにも約束を果そう。
俺は鉄棒を掴み、再び素振りを始めた。
目の前に浮かんで来る、憎い仇のワニの魔物に向って、何度も何度も鉄棒を振り下ろした。
その日から三日間、俺は妄想世界には行かずにひたすら鉄棒の素振りと剣道の練習に明け暮れた。
初めて妄想の世界に入って一週間経った日曜の朝、いつもの様に俺は昼まで鉄棒の素振りをした。
昨日でやっと千回素振りをすることが出来た。
小休止を挟みながらやから、二時間かかるけど。
次の目標は休みなしで千回素振りや。
そしてそれをワンセットにして、一日何セット出来るか挑戦や。
もうすぐ昼ご飯なので、俺は鉄棒を部屋に戻してシャワーを浴びに行った。
それからリビングに行き、テーブルの椅子に座った。
今日は兄貴はいないな。
図書館にでも行ってるんやろな。
兄貴は俺と違って頭脳派や。
めちゃくちゃ賢い。
昼食を食べていると、親父が話しかけてきた。
「センタ、お前最近、熱心に鉄棒の素振りをしてるそうやな。どうしたんや、急に」
「うん、ちょっとね。それよりお父さん、今日また稽古つけてくれへん?」
「おう、ええぞ。飯食ったら行こか?」
「うん、お願い」
それから、昼食を食べ終わって俺と親父は修道館へ行った。
修道館での稽古で、息子と対峙していた彼の父親は驚いていた。
こいつ、強くなってやがる。
以前と違って息子の体がひと回りも大きく見え、威圧感が漂ってきている。
何があったんや?
そう考えて気を散らしている父親の隙を見て、センタが打ち込んで来た。
うっ!鋭い。
剣筋に容赦がなくなって、確実に急所を狙ってきている。
それに速い。
紙一重で攻撃をかわした次の瞬間に、父親は息子目掛けて竹刀を打ち込んだ。
が、待ち構えていたようにあっさりとかわされた。
むぅ・・・
こいつ、もうすぐ俺より強くなりやがる。
悔しくもあったが、同時に嬉しくもあった。
父親は、息子との稽古を二時間ほどで切り上げるつもりだったが、息子にせがまれて、結局四時間みっちり相手をさせられる羽目になってしまった。
そして、十本中半分の五本を取られてしまった。
父親に稽古を付けてもらおうと様子を見に来た彼の後輩達は、二人の稽古に見入ってしまい、息子が一本取る度に、おおー、と小さな歓声を漏らしていた。
稽古が終わり、着替えをしている息子を見て父親は、また驚いていた。
あれだけの激しい稽古で疲れを見せていないし、背も高くなって体つきも大きくなり、筋肉も以前とは比べ物にならないくらいに盛り上がっていた。
父親は息子の成長を喜びながら家に帰ってきた。
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