太陽の謡*幕間

幕間 : 結末の始まり

「かくして」

 女の長く、細い指が、軽やかなメロディを奏でている。その隣で妙な帽子をかぶった男が一人、低く響く声で歌っていた。その顔はほとんど帽子のつばに隠れてしまっていて、よく見ることができない。

「鬼の三つ目子、暗きの淵に消えにけり」

 男は帽子をひょいと上げて、悪戯っぽく笑う。それから軽い口調で、こう言った。

「どうだい、カナデ。こんなもんで良いだろう」

 カナデと呼ばれた女性は、それを受けて溜め息をつく。その細腕で扱っていた楽器を脇へやると、よほど耳をすまさなければ聞き取れないような声で、こう呟いた。

「最低な詩ね、カタリ」

 カタリと呼ばれた男はしかめっ面をつくって、「相変わらず手厳しいな」と返す。

「どの辺が駄目なのさ。藍天のお姫様の時だって、そうだ。褒めてくれたことなんて一度もないんだから」

 言ってすぐに、片手を耳に添える動作。そうでもしなければ、彼の相棒の言葉は誰に伝わることもなく、風に呑まれて消えてしまうのだ。しかしカナデは、限界にでも挑みたいのか、更に小さな声で言った。

「あなたは結論を急ぎ過ぎるわ。カタリ。あの子の物語が、この程度で終わると思っているの?」

「……それは、そうだけど。だってカナデ。向こうに捕らわれてしまったんじゃ、俺達には追いようがないじゃないか」

 カタリの言葉になど耳を傾ける素振りもなく、カナデは遠くへ視線をやった。

 呆れた様子でその様子を見ていたカタリも、ふと、思わず目を瞬かせた。カナデの視線の先、こんな辺鄙な道に、おかしな影を見つけたからだ。

「あれは……」

 思わず呟く。人間だ。田園風景にはそぐわない、ずたぼろのマントを羽織っている。頭からそれを被っているせいでよくはわからないが、中肉中背、武器はもっていないようだ。人影はよたよたと奇妙な歩き方をしながら、まっすぐこちらへ向かってくる。

「もし」

 声をかけられて、その声の低さに初めて、その人物が男であると知れた。カタリは庇うようにカナデの前に立つと、こう尋ねる。

「あんたは?」

「……さすらう者。身を寄せる場所がなく、難儀しています」

「この辺の丘を下ったところに、マカオって町がありやすぜ、旦那。そちらで休息なされては?」

 おどけた調子でカタリが言う。マントの男は静かに首を横に振ると、何も持っていない手を、そっと伸べた。

「なんだい、そりゃあ」

「あなたがたが求めているのは、これでしょう」

 迷うことなく、男が言った。強い自信を持った言葉だ。それに興味を持ったのか、カナデが音なく立ち上がる。

「カナデ。そんな無防備な……」

「黙ってカタリ。うるさいわ」

 カタリを押しのけるように、カナデは静かに両手を伸べた。カナデの細い指が男の手を取って、しばらくの間、検分するかのように視線でなぞる。「上物ね」と呟くと、ようやくカタリへ視線を向けた。

「連れて行きましょう。彼も、今から私達の旅譚に付き合ってもらうことにするわ」

「おいおい、本気かよ」

「私が冗談を言ったことなんて、あった?」

 カナデの目は、まっすぐにカタリを見つめていた。これでは敵わない、と、カタリは荒っぽく溜息をつく。

「おまえがそう言うなら、良いが。――それよりあんた、俺らはこの通り、詩吟を生業に旅しているんだがね。あんた、何かできるのか?」

 すると男は思い出したように自分の懐をまさぐって、申し訳なさそうに言った。

「いじる程度に、触ったことは。誰に教わった訳でも、ありませんでしたが……。しかし、どうやら無くしてしまったようなのです。またどこかで手に入れば、多少の役には立てるかと」

 男はそう言ってから、律儀な仕草で頭を下げた。風に煽られ、その影に顔を隠していたフードが揺れる。垣間見えた髪の色を見て、カタリは思わず口笛を吹いた。

「成る程、そう言うことか」

「気づくのが遅すぎるわ、カタリ」

「そう言いなさるな。まあ、でも、それなら俺も納得だ。……ところであんた、名前は?」

 男は両手でフードをとって、髪の先まで隠してしまう。カタリにはそれが気に入らなかったが、敢えて咎めることはしないことに決めた。

「名は、まだ……」

「困ったわね。呼びにくいわ」

 事もなげに、カナデが答える。同時にカタリは考える様子も無く男を指さして、一言「カラス」とそう呼んだ。

「それなら、これからはそう名乗ると良い」

「それは鳥の名前では」

「借りるだけさ。あんたが名を持つまでの、仮の名だ。そう呼ばれるのが嫌なら、少しでもはやく名を取り戻すことさ」

 苦情は受け付けない。カタリがその旨を口にすると、男が小さく繰り返す。

「カラス」

 満足そうに、カタリが頷く。その隣でカナデが、小さな声で呟いた。

「カタリ。……あなたって、ネーミングセンスも最低よ」

 カタリがそれを聞いて、諦めたように溜息をつく。カラスは聞き取ることが出来なかったのか、ただ、首を傾げて見せただけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る