夏の幻

AceMasax

Summer Phantom


 いつからだろう。”彼”を見かけなくなったのは。

 いつからだろう、”彼”がいなくても平気になったのは。

 そう、”彼”は私がいつも夏休みにおばあちゃんの家に行った時にいつも遊んでくれた友達だった。


「へーお前、ユキって言うのか」

 それが”彼”と私の初めての出会いだった。

 おばあちゃんの住む地域には似たような歳の子がいなかったので、一人で海のテトラポッドで遊んでいた時に”彼”と出会った。

 私と”彼”は年格好が似ていた。どこか雰囲気も良くなってすぐに仲良くなった。と言うよりも”彼”は凄く人懐っこくて、私の色々な事を知りたがってくれた。

 学校でそんなに話したこともないほど私は”彼”に色々とつまらない事や日常であった事を話していた。”彼”も凄く微笑んでいて喜んでいたのがとても印象的だった。


 その年の夏休みから、それが私の日課になった。


 ”彼”と一緒に日が暮れるまで海で遊んで、おばあちゃんの家に帰った。

 おばあちゃんにその事を話すと、いつも不思議そうな顔をする。

「この辺りに有希ちゃんくらいの歳の子、いたかねえ……?」

 でも確かに”彼”はいたのだ。

 おばあちゃんが知らないだけで。多分、私と同じようにきっとおばあちゃんの家に遊びに来ているとかそんなの。


 だけどとある年の夏休み、私はおばあちゃんの家に行けなかった。

 母方の方の祖母が亡くなって、初盆で忙しかったから。

 きっと私がいなくて、”彼”は寂しかったに違いない。”彼”が海辺で一人で遊んでいる姿を思い浮かべると、私もどこか寂しい気持ちになった。


 次の年の夏休み。私は例年通り、おばあちゃんの家に行った。

 色々話そう。あんな事やこんな事があったんだよ、って。去年はごめんね、って。

 毎年恒例の”彼”と過ごす夏休みに私は心がウキウキしていた。

 ”彼”はいつも通り、テトラポッドに佇んでいた。待ち合わせはいつも人の少ない港だった。

「ユキ、去年は来なかったな」

「ごめん、家の方が忙しくて」

 手を合わせて私が謝ると、まあいいやって顔になって、”彼”は微笑む。

「今年は何して遊ぶ?」


 毎年そんな事の繰り返し。


 でも、その繰り返しに変化が訪れた。

 こんな私にも彼氏が出来たのだ。

 ”彼”にも会わせてやろうと、夏休みにその彼氏をおばあちゃんの家に誘い、一緒にいつもの待ち合わせ場所に行く。

 だけど、”彼”は姿を現さなかった。日が沈むまで待った。

 だけど、”彼”は姿を現さなかった。空に一番星が現れた。

「また明日来よっか」

 待ちくたびれた彼氏に促され、私達は港を出る。


 けど、次の日もその次の日も、”彼”は姿を現さなくなった。

 その年は諦めて、私達は自宅に戻った。


 結局、その彼氏とは別れた。でも、次の年も、次の年も夏休みなのに”彼”は姿を現さなくなってしまった。

「有希ちゃん、そういえば毎年遊ぶ子がいるって言ってたけど……その子はどうしたいんだい?」

「うん。最近何か会えてないんだ」

 とある年の夏休み、一日中テトラポッドで座って”彼”を待っていると、おばあちゃんが心配して港まで来てくれた。

 そんな事の繰り返しに私は飽きたのか、港どころか、夏休みにおばあちゃんの家に行く事も少なくなってきた。


 日は流れた。大学生になり、いっちょまえにいろんな恋愛をしたり、友人もたくさんできたり。すっかり大人になった私は”彼”の存在が頭から消えて無くなっていた。


 そうして社会人一年目の時の初めての夏期休暇におばあちゃんの家に遊びに行った。久しぶりだったからなのかどうなのかはわからなかったが、九十歳を超えたおばあちゃんがふと何か思い出したかのように昔のアルバムを引っ張り出して私に見せてくれた。

「利男……有希ちゃんのお父さんにはね、もう一人お兄さんがいたんだよ。十歳の時かな、死んじゃったんだけど」

「へえ……」

 古いアルバムをぺらりとめくると、そこには私が見慣れた顔があった。

「あ……れ?」

 もう忘れてしまいそうな記憶が”彼”を呼び起こした。そこに写っていたのは紛れも無い、”彼”の姿だった。

「? どうかしたのかい、有希ちゃん?」

「おばあちゃん! この子だよ、私が毎年遊んでたの!」

「あら……じゃあ、有希ちゃんと遊びたかったのね、幸雄は」

 幸雄、と言われても、私は何故か”彼”の名前を知らなかった。

「有希ちゃんの名前はね、幸雄から取ってるんだよ。ユキオのユキ。利男は凄く幸雄に懐いていたから」

 初めて知った。私の名前のルーツ。お父さんからは何も言ってくれなくて、ただ姓名判断から、としか教えてくれなくて、不満だったのを覚えている。

「もっと遊びたくて、きっと有希ちゃんの前に現れたんだね、幸雄は」

 おばあちゃんはそれだけ言ってアルバムを閉じた。おばあちゃんのしわくちゃな顔から少しだけ涙がこぼれたのが見えた。


 幼い頃遊んだ”彼”は、若くして生涯を閉じたお父さんのお兄さんだったのだ。

 じゃあ何故、私の前に現れたのだろう。

 不思議に思って、久し振りに港に立ち寄った。”彼”とのいつもの待ち合わせ場所に。そこに一つの人影があった。懐かしい、あの頃のままの”彼”がテトラポッドで佇んでいた。久しぶりに見たその顔はどこか嬉しげだった。

「ユキ、久し振りだな」

「ええ、久し振り」

「お前は年食ったな」

「ごめん」

「何で謝るんだよ」

 大声で笑ってみせて、”彼”は私に振り返る。

「まあいいや。もう遊ばないんだろ? 俺はそろそろ帰るぜ?」

「うん、ありがと」

「じゃあな!」

 軽業師のようにテトラポッドを渡って、”彼”は港から走り去って行った。


 ”彼”はどうして私の前に現れたんだろう。

 ふと思って、おばあちゃんに相談してみる。

「幸雄は面倒見のいい子だったからねえ。きっと有希ちゃんが一人で遊んでるのを見かねたんじゃないのかな」

 確かに”彼”のおかげで夏休みは楽しかった。

 一人ぼっちで遊んでいた頃とは比べようが無いくらい楽しかった。


 ——きっと”彼”は夏の幻だったのだろう。

 夏休みにだけ現れた、私の大切な”友達”——

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夏の幻 AceMasax @masayuki_asahara

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