26. 好き嫌い

 唐突に理解する。

 真衣以外の友だちは作らず、いつも一人で、他人の目なんて気にしないと思っていた。でも、違ったんだ。

 私は気にしないふりをして自分を守っていただけだ。本当は人一倍気にして、でも普通になんてなれないから、一人でいるしかないだけ。

 人の目を気にした結果、どういう行動をとるのか。

 その選択肢で選ぶものが、私と真衣とでは違うだけで、根本的なところはきっと似ているんだ。


 そう思ったら、なんだかおかしくなった。

 急にクスクス笑い出す私に、「茜、どうした?」と崇さんが怪訝な顔をする。


「すみません、ちょっと思い出しちゃって」


 真衣には、人の目を気にしない私は強いって言われたけど、やっぱり強くはない。私だって、人の目が気になって仕方ないんだから。


 だけど、急に吹っ切れてしまった。

 崇さんは2週間だけ来てくれる家政夫だ。それが終われば会うこともない。

 何を気にすることがあるんだろう。

 そう思うと同時に、なぜだか胸が痛んだ。

 あと2週間だけ。そのことに寂しく感じる自分には目を背け、私は答えた。


「崇さん、特に好き嫌いはないです」

「え、でも、嫌いなものはなくても、好きなものはあるだろ?」


 笑みを浮かべながら、首を振った。


「好きなものもありません」

「何か、特に美味しいなってものは……」

「ありません」

「そっか」


 崇さんは困ったような顔をして頭をかいた。

 その顔を見て、後悔が頭をよぎるけども、これが好きなんだと嘘をつくこともできない。


「私、食べることに興味がないんです。今井さんの料理も崇さんの料理も美味しいとは思うんですけど、一人で食べても味気ないですし……」

「ああ、それはちょっとわかる。うちも共働きだから、一人で食べることが多いからな」

「でも、崇さんは食べるの好きですよね。そうでないと、美味しいご飯なんて作れないでしょうし」


「そうだな。オレの場合は、幼い頃は母親が一緒に食べるようにしてくれてたんだ。で、オレが作るようになって、それを嬉しそうに食べてくれるとオレも嬉しくて。まあ、オレが大きくなるに連れて、母親の仕事が忙しくなって、一人で食べることが増えたけどな。茜は幼い頃から一人ってことか……」


 私は苦笑した。


「食べることに興味ないからですかね。食べていて、これが好きだなって思うこともなくて。食への執着がないのかな」

「なるほど……」

「あ、でも、最近は誰かと食べることも増えてきて、楽しいなーって、食事もいいなって思います。美味しいって思っていた崇さんの料理が、日を追うごとにより美味しく感じるようになったというか」


 私は小走りで数歩、崇さんの元に行くとそうまくし立てた。


「おー、美味しいって思ってもらえるのは作り甲斐あるし、嬉しいよ。ありがとな」


 崇さんは私の頭をポンポンと優しく叩いた。

 優しさが嬉しいのに、別れが近づいている今は優しくされればされるほど辛い。でも、顔には出さないように、笑顔を心がけた。


「でも、まずったなー」


 崇さんが歩き出し、私も続いた。


「何がですか」

「実は今日は茜の好きなものでも作ろうと思ってたんだよ」

「え、そうなんですか。それは何というかすみません」

「いや、事前に確認しなかったオレも悪い」


 崇さんは笑いながら首を横に振った。


「ちょうどさ、親父さんに茜の好きなものを聞かれていて」

「お父さんが、なんで?」


 私は眉を寄せた。


「娘のことは何でも気になるもんじゃないか?」

「そんなもの、ですか?」

「だと思うけどな。でも、茜はなんでも食べるし、これが特に美味しかったみたいな話も聞いてないからオレもわからなくて。それで茜の好物を探るついでに……と思ってたんだ」

「それはお手数をおかけしました」


 探らせた挙句に何もないだなんて申し訳なくて、頭を下げた。


「いやいや、オレも知りたかったしな」

「え」

「オレが家政夫するのもあとちょっとだけど、できれば好物食わせたいし」

「あ、ありがとうございます」


 なんだか照れくさく、話をそらした。


「そういうお父さんの好きなものは何なんでしょう」

「親父さん?」

「はい。知っていたら、お父さんの好きなものを作れたのになーって」


 私はお父さんのことを何も知らない。

 何が好きで、何が嫌いで、休日には何をするのか。それさえも知らない。


「オレも知らないなあ。そっちもリサーチしておけば良かったか」

「いえ、いいんです。今はわかりませんが、ちょっとずつ知っていけたらと思うんです」

「そっか。そうだな」


 穏やかな顔になる崇さんを見て、この選択肢が間違いではないんだなと安堵した。

 今からでも間に合うはず。ゆっくりと進んでいこう。



 そうこうするうちに、スーパーに到着した。崇さんはカゴを持って店内に入る。


「とりあえず、献立を考えながらグルッと一周するか。何か気になるものがあったら教えてくれ」

「わかりました」


 野菜売り場、鮮魚、肉、お惣菜やお弁当の売り場などを見る。色んなものが売っていて、目が回りそうだ。

 魚にしても何種類もあって、それぞれ、どういう料理にしたら美味しいのかも知らない。どれを買えばいいのかわからない。

 お肉は国産とか、お値段の高いやつがいいものなんだろうか。


「何というか……お手上げです」

「レトルトとか冷凍食品の棚も見てみるか。その中で食べたいものがあれば、一から作ればいい」

「そうですね、食材で決めるより、料理を決める方がなんとかなるかも」


 早速、冷凍食品やレトルト食品の売り場を見て歩く。


「あ」


 私はあるものに目を留めた。


「何かあったか?」


 崇さんは私の目線の先を追い、「ちらし寿司がいいのか?」と聞いた。


「いいっていうか……」


 私は棚からちらし寿司の素を手に取った。


「食べたことないなって思って」

「は?」


 崇さんは大きな声を出して、私を凝視した。

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