13. 突然の帰宅

「うん、初めてにしては崩れなかったし、綺麗に焼けたな」

「ですよね、嬉しいです!」

「切るのは、少しおいてからの方が上手くいく。家で熱々を食べるときは切らずに出すのもありだが」


 すぐに切ると崩れやすいそうだ。


「で、だな」


 私は崇さんを見た。


「オレ、今日は帰ろうと思うんだが、鈴木さんは食べていくのかな」

「あ、どうでしょう」


 一人で食べると、どんなに美味しい料理も味気なく感じる。せっかくなので誘ってみるかな。

 私は作業台からカウンターの方へ身を乗り出した。


「真衣、ご飯食べてく?」

「え、いいの?」


 ソファーで膝を抱えるようにしてテレビを見ていた真衣が振り返って、こちらを見た。


「うん。でも、おばさんもこの時間だとご飯作ってるよね」

「大丈夫、大丈夫。今日のご飯は明日食べれば怒られないし、ちょっと家に電話するわ」


 真衣は言いながら、スカートのポケットからスマホを取り出した。


「じゃあ、準備しておくね」


 話し合っている間に、崇さんは私の隣で料理を盛り付けていた。


「ありがとうございます。真衣も食べることになりました」

「ああ、良かったな」


 崇さんがこちらを見て笑う。

 その笑顔に、ドキッとしてしまう。

 だから、無駄にイケメンなんだってば。


「は、はい。ありがとうございます」


 なぜか崇さんの顔を見ていられなくて、私は慌てて料理をお盆にのせた。食卓に運ぶ。

 卵焼き、大根のつくねのピリ辛煮の他に、キャベツと塩こぶのサラダ、ごはん、玉ねぎとじゃがいもの味噌汁だ。

 電話を終えてダイニングにやってきた真衣は、料理を見て歓声を上げた。


「わー、美味しそう!」

「食べよっか」

「うん」

「崇さん、すみません。いただきます」

「ありがとうございます、いただきます」


 私たちは崇さんに向かって頭を下げた。

 崇さんはまだつくねの照り焼きを作ったり、作業中だ。手伝わずに先にいただくことを申し訳なく思いながらも、崇さんは「熱いうちに食べてくれたらオレも嬉しい」と笑ってくれた。


 真衣と向かいあって座ると、なんか変な感じだ。

 学食や、鈴木家にお邪魔して食べるときは向かい合わせで食べているけど、我が家では初めてだと思う。

 今井さんに一人前ずつで料理をお願いしているので、真衣を我が家のご飯に誘うなんてできなかった。たまにはこういうのも嬉しい。


 二人して改めて「いただきます」と手を合わせると、自然と笑みが漏れる。

 真衣は卵焼きから口に入れた。その様子をじっと見る。

 真衣はすぐに「美味しい!」と幸せそうな顔をした。満面の笑みを見ると、肩の力が抜ける。この顔を見れば、嘘でないことはわかる。


「良かった」

「んん、もしかして」


 私は頷いた。


「私が作ったの」

「嘘、すごい」


 真衣は卵焼きをひと切れ持ち上げて、マジマジと見た。


「ちょっとそんな風に見ないでよ」

「いいじゃん」

「恥ずかしい」

 きっちり巻けているので大丈夫なはずだけど、そんな風に見られるとドキドキしてしまう。


 真衣は卵から私に目を移して笑った。


「綺麗で、崇さんが作ったのかと思った」

「ありがと」


 照れくさくなって俯くと、誤魔化すように大根を半分に切って食べた。


「これも美味しい!」


 俯いた理由も一瞬で忘れ、顔を上げると私も真衣に笑いかけた。

 甘辛い味が中までしみている。濃いめの味付けでご飯が進む。


「どれどれ」


 真衣も食べてみて、顔を輝かせる。


「んー。本当に美味しい。これは茜? 崇さん?」

「卵焼きと味噌汁以外は崇さん」

「ほうほう」


 大根に続き、つくね、キャベツと食べていくと、崇さんがキッチンから出てきた。


「茜、食事中にごめん。片付け終わったんで、帰るな」

「ありがとうございます。とても美味しいです」

「崇さん、茜がまともな卵焼きを作れるなんて意外でした。教えるの上手なんですね」

「むー、その言い方だと私がとんでもなく下手に聞こえる」

「とんでもなく下手じゃん」


 と言いあっていると、崇さんが吹き出した。


「悪い、つい。二人とも仲がいいなあ」

「まあ、私たち、幼稚園からの付き合いだしね」


 私と真衣はお互いの顔を見て頷きあう。


「幼なじみっていいよなー。で、茜の料理だけど。教わらないとできないのは当たり前だろ。ちゃんと教われば案外器用に料理できるのかもな」


 ということは、私が電子レンジで卵を爆発させちゃったのは、卵をそのまま電子レンジにかけると爆発すると教えてくれる人がいなかったから、ということなのかな。

 あの時、先生は黄身につまようじで穴を開ける理由まで言ってなかったような気はする。

 理由からしっかり納得できないと覚えにくいのかもしれない。

 意外とちゃんとできるのかも、と思えば気持ちが浮上する。


「そう言われたら、もっと頑張ろうって思えます」

「頑張ってくれ。と、もうお暇するから」

「はい、ありが――」


 もう一度お礼を言おうとしたところで、インターフォンの音が鳴り響いた。


「こんな時間に誰だろう」


 首を傾げながら箸を置いて立ち上がると、今度は小さな音を耳が拾った。ガチャッと、扉を開けるような音だ。


「え」


 三人の声が重なる。


「まさか泥棒じゃないよな?」


 言いながら玄関に向かおうとする崇さんを呼び止め、つぶやいた。


「なんか、ものすごく既視感が……」

「そういえば」


 崇さんにも思いつくものがあったようだ。

 まさか……まさか、ね。


「私が見てきます」


 そう言ってリビングを出ると、すぐそばの玄関で予想通りの人が靴を脱いでいた。

 その人はリビングのドアを開ける音に気付いたのか、顔を上げる。

 目があった。

 久しぶりに見た顔は、目じりの皺が増えている気がする。


「ただいま」


 低い声が空気を震わせ、私は唾を飲み込む。


「お、お帰りなさい。お父さん」


 なんとか声を絞り出した。

 そこにいたのは、いつぶりに会うのかも覚えていない私のお父さん、桂木かつらぎまなぶだった。

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