結界舞闘列伝 アイドルが2羽っ!
壱原優一
第1部:フルムーン・ロケット
第一羽 アイドルになりたいんだ、わたしは
☆1☆ 第一の壁
正方形の
片や金色の巫女服に狐面、片や銀色のシルクドレスに狸耳。
片や脇差ほどの大きさの鍵を振るい、片やスカートの裾を伸ばし触手の如く操る。
彼女たちの一挙手一投足に
そのなかには年端もいかない女の子の姿もある。
それは今や極上のエンターテインメントとして定着しているのだ。
闘いは永遠に続くとさえ思われた。だが何事にも終わりはある。
劣勢に立たされたのは金色の乙女だった。
それでも彼女から笑みが消えることはない。
ふてぶてしい笑みと輝く瞳で立ち向かう。
窮地に陥ろうとも、勝機薄くとも。
顔を上げ、前を向き、挑む。
最後の最後まで決して勝ちを諦めない。
銀色の乙女は優雅な笑みで迎え撃つ。
もしも立場が逆だったら? やはり瞳を輝かせ、ふてぶてしく笑ったに違いない。
そうありたいと願っているから。それが彼女のアイドルだから。
その姿に目を見張り、心躍らせる。
手に汗握り、胸高鳴らせ、瞬きするのも忘れ、虹色に輝くふたりの姿を瞳にじっと焼きつける。きれいで、かっこ良くて、かわいくて、力強くて、気高くて、とっても楽しそうな、ふたりの姿を。
心に焼きつけ、祈るように手を組んだ。
「わたしも……なりたい」
その日――、彼女は、アイドルに恋をした。
☆ ☆ ☆
つい先日あった高校入試の発表でも、ここまでガチガチにはならなかった。
いつもの元気など見る影もない。
アイドル事務所にはじめて足を踏み入れた。
そのことに感動を覚える余裕だって全くない。
目は泳ぎ、栗色のツーサイドアップは心なし、しおれているようだった。
白いコートは着たままで、額には汗を滲ませている。
対面にはスーツ姿の男性が座っている。
二十代後半くらいだろうか。実直そうな顔つきだ。
プロデューサーと名乗った彼は手元の履歴書を見ながら言った。
「コート、暑くはありませんか?」
「あっ。暑いです!」
紗弓はいそいそと脱いでブレザー姿になる。
まだ肌寒い三月。暖房は充分に効いている。
そんなことにも言われるまで気付かなかった。
(落ち着け。落ち着け、わたし! 跳び越えなきゃいけない壁は、この先にあるんだからっ)
プロデューサーが履歴書を静かに机に伏せた。
「では、
「よ、よろしくお願いしますっ!」
まず訊かれたのは好きな食べ物についてだった。
それから得意な教科、昨日見たテレビ番組のことや、漫画のことも。
それは面接と言うよりも雑談のようだった。
話は脱線に次ぐ脱線、あちらこちらへ飛んでいく。
次第に紗弓の頬は、ふにゃふにゃになっていた。
「わたし、面接って、もっとこう、違ったのをイメージしてました。面接官さんが前にズラーっと並んでる、みたいな」
「わかります、わかります。
「なるほどぉー」
「と言っても本当の仕事部屋は隣ですけどね。こちらは談話室と言いますか、アイドルのみなさんのための部屋です。本を読んだり、ゲームをしたり、お菓子を食べたり。様々ですね」
「ここで……」
紗弓は室内を見渡す。
今日、初めてのことだった。
胸の奥から感動がこみ上げてくる。
アイドルと同じ空気を、今、自分は吸っているのだ。
「生実さんは、本当にアイドルがお好きなんですね」
「もっちろん! 好きじゃない人なんていないと思います!」
ここまで面接は良い雰囲気で進んできた。
それは間違いない。
だが、とうとう――核心の質問を投げかけられる。
「生実さん、レベルはいくつですか?」
一つは年齢。
十六歳以上であること。
もう一つは、異能力者であること。
異能力は誰にでも目覚める可能性がある。
だが普段の生活からは異能力者かどうか、わからない。
一部の特殊な空間を除き異能力の行使は不可能となっているためだ。
異能力者も非異能力者も、普段は普通の人間。
そこで異能因子活性度検査である。
その数値、すなわちレベルが一定以上ならば異能力者と判断される。
紗弓は深く息を吐くと真っ直ぐにプロデューサーを見て答える。
「二十八、です」
レベル三十を下回る紗弓は非異能力者に間違いない。
それが普通だ。
ほとんどの人が十三歳までに三十未満でレベルが止まってしまう。
それ以降の自然なレベルアップは極めて稀。
紗弓は、今年、十六歳になる。
このままでは
(そんなこと、わかってる!)
だからこそ紗弓はここ、
無謀な賭けではない。
勝ち目はゼロではない。
少なくとも紗弓は、そう信じている。
なぜなら前例がある。
「でも! はやりんは、それでも
その少女は二年前の三月時点では、紗弓と同じ
しかし四月になる頃には異能力者となって華々しいデビューを飾っている。
これは当時、
奇跡だった。
彼女の所属する事務所が、まさに、ここ。
紗弓はその実績に賭けた。
「だかりゃっ、はやりんをデビューさせてくれた貴社を、志望しましたっ!」
噛んだのを誤魔化すように、また立ち上がって深々と頭を下げる。
「わたしはアイドルになりたいんですっ!!」
ここが、今日なんとしても跳び越えなければならない壁。
(でも勝ち目はある。面接に来れたんだから。
座りなおした紗弓はプロデューサーをじっと見つめ返した。
くりくりとした栗色の瞳。
その奥には六等星のようにほのかな、七色の光が灯っている。
だがそれは、そう見えるだけのこと。
心の底から発せられるがゆえ淡く映るに過ぎない。
本当は、奥深くにあってなお、外にまで届くほどの強い輝き。
(わたしは、アイドルに、なるんだから)
きっと間近で見たなら焼かれてしまう。
それは恋の光だ。
アイドルを求めてやまない、恋の光なのだ。
「八十二」
プロデューサーがふと言った。
「え……?」
「いえ、八十三になりますか」
いったい何の数だろう。
戸惑う紗弓に彼は続ける。
「一昨年は七十六名、去年は六名。合わせて八十三名の
「ゼロ……」
「応募してきた
彼の口ぶりは、まるで諦めだ。
勝ち目はゼロだと宣告されているようにも聞こえる。
紗弓は不安で心臓が押しつぶされそうだった。
それでも笑う。
さも自信ありげに。
「わたしは絶対に越えてみせます、その壁を。絶対にアイドルになってみせます!」
確証も保証も策もない。
ただの虚勢に過ぎない。
それでも紗弓は笑う。
勝負の決する、最後の瞬間まで、諦めない。
(それがアイドルだから!)
次に彼が口を開くまで一分もあったかどうか。
「以上で面接を終わりにします。この場で結果をお伝えします」
けれど紗弓にとって人生で最も長い一分だった。
「生実さん」
「はひっ!」
「貴女を舞闘者にはできません。異能力者ではないのだから当然です」
紗弓は言葉を失う。
ここは八割、そう、八割方問題ないと思っていた。
この壁はまだ楽な方。
書類選考で落とされなかったなら、越えて当然。
が、その見通しは甘かったのか。
(それか面接がダメだったのかな。噛んだのがダメだったのかな)
しかし紗弓は落胆を表に出さない。
せめて事務所から去るまでは気高く、アイドルらしく。
プロデューサーの
「ですので、まずは候補生という形でよろしいでしょうか?」
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