聖巫女≪ひじりのみこ≫カンナクシメ
小松多聞
プロローグ
闇の中に、聖なる炎だけがたよりない明かりを投げかけている。
伝説によると古き時代、天から降った星により、聖なるカグ山が燃えた。星そのものは空中で砕け散り、ただ天の炎だけが飛び散ったらしい。
その天の火を地上の人どもが手にいれ、こうして代々伝えているのだ。
油の壺に、海外からわたった絹でつくった芯をいれ、尊い炎がゆらいでいる。
その高殿の中の空気は、凍りついたように張り詰めている。湖水周辺ではもっとも大きく、周囲を睥睨するかのごとき神殿である。
祭壇におかれた聖なる炎に照らされ、一人の少女が正座したまま瞑目、祈り続けている。
白く長い木綿の衣、やはり木綿の藻。肩にたらした幅広い比礼だけはあでやかな絹で、これも海を越えた大きな国から手にいれ、大量の茜で染めたものだった。
いかなる玉石、珍物よりも価値がある。それをまとうのは、あたまに榊をさした十歳ばかりの選ばれし乙女だった。
細面の顔は青白く、固く結ばれた口もかすかに震えている。いや、頭を下げその前でかたくあわせた手から、全身にかけてこまかな震えが広がっていてく。
美しく可憐な少女の背後、出入り口近くには、頭に小さな黄金製の冠をつけたその父王フトニが。そのわきには老臣と老巫女、そして王の太子たるクニクルが土下座して頭だけを上げたような格好で、見つめていた。
王に仕える老人が立ち上がろうとする。しかしフトニはとどめた。
少女の恐怖は、老いた巫女にも伝わったようだ。しきりに涙を流す。
「こ、これは……」
少女は闇の中にその光景を見ていた。大地が割れ、なかから闇よりも暗いなにかが、噴出してくる。邪悪で穢れきった熱い風とともに、確実に強い「力」が這い登ってくる。
それを寿ぎ、踊り狂う奇怪な影がいくつも飛び出す。
「うあああああっ!」
声にならない悲鳴をあげた。その邪悪な光景の中に光り輝く姿を見つけ、驚く。
切れ長の大きな二重の目が、こちらを見つめている。頭には毛がないのか。その「女」の体から、無数の小さな稲妻が飛び散った。
「きゃああああっ!」
少女は絶叫して気を失った。その場に崩れる。
「姫! モモソ」
兄のクニクルがかけよった。男としては小柄なほうだが、均整のとれた肉体の少年である。老臣も、父王も慌てて立ち上がる。
青ざめ気を失った娘を、父は抱きしめた。目が潤んでいる。
「……モモソ姫」
この娘の定め、貴い血筋ゆえの試練とは言え、哀れだった。
「早く運び、火で暖めよ。清めた水を飲ませなされ」
老いた巫女の言うとおり、軽い少女の肉体は高殿から下ろされた。
そして
その大室屋から遥か離れた「天下の果て」、東の高い山々に守られた古代の森の中でも、一人の少女が肩で息をし、がっくりとひざを落としていた。
大きな洞窟の中には、いくつも火がたかれている。周囲で松明をかかげているのは、いずれも毛皮などをまとった異形のものどもである。
「ムイグル」
白い髭で顔を覆われた老人が近寄り、毛皮をかけようとする。
少女は全裸で、頭をきれいにそりあげている。胸はやや膨らんだ程度で、足が長い。均整のとれた姿態は、どこか野性的でなまめかしい。
そしてその闇の中でも炯々と光る、つりあがった二重の目が印象的である。老人は毛皮を被せ、少女を助けおこした。
「か、かまわぬ、オーエカシ」
禿頭の少女は息も絶え絶えにそう言う。気丈で負けず嫌いだった。
「しかし、顔が青ざめている。心が
「いや、恐らく……ほかの心に触れた」
「ほかの?
「……いや、あれはサニワよりも遥かに強い『依り代』やもしれぬ」
「よりしろ? かくも強い『よりしろ』が近くにいるのか」
白髭の老人は、精悍で美しい少女が首を横に振るのを凝視する。
否……遠い。しかし確かだ。あれもまた…………カンナクシメか」
薄暗がりに潜む影どもが、ざわめいた。
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