浮気をしました
あたまおかしちゃん
結婚しようよ
朝の音がする。カーテンの奥が白んできた。そんな様子を感じながら、わたしは煙草を一本吸った後、こたつの中でひっそりと息をししていた。なんだか気だるかった。彼がいないから、仕事も家事も忘れちゃってひとりふらりと海でも見に行こうかと思っても、今日は寒いし、普段は思い立ったらすぐに行動しちゃうのに、なんだか今日に限って気が進まなかった。電車に乗って海を待つところを想像してみる。窓辺にほおづえついて、朝日を浴びてきらめく海を待つところを。みんな、通勤電車に乗るのだ、彼だってそうだ。貧血で、たまに倒れそうになりながら、満員電車に揺られて会社に行くそうだ。わたしは、それとは逆方向の、海に向かう電車にひらりと乗って、遠いどこかへいってしまいたい。三浦だって、逗子だって、何なら熱海まで、どこだっていいから、行ってしまいたい。ひとりはさみしいから、ちょっと期待してどこか行こう、と誘ってみたけれど、彼はまた近いうちね、と言った。こっちおいでよ、会社なんか休んじゃって、一緒に冬の海を見に行こうよ。波打ち際を歩いて、靴が波に飲まれちゃって、笑って、ずぶぬれの足のまま海に入っちゃって、そのままなんとなく告白してよ。風邪をひいて、二人で毛布にくるまって、一緒にダメになろうよ。
小学生の頃、わたしは茶色く塗られた藤のバスケットにお菓子を入れてレーカちゃんと神社にピクニックに行ったことがある。小説や物語の主人公みたいでとてもうきうきしていたのに、幼稚園バスから降りてきた子供たちにお菓子を全部取られてしまった。正確には、わたしがちょうだい、と言われて、決して気前が良かったわけではなく、ただ断れなかっただけだけど。その様を見て、レーカちゃんはバカだなあ、と言った目でわたしを見た。いまのわたしは、お菓子をあげてしまった話と同じように、そんなふうに、すぐに付け入られて男と寝てしまうような女、なのかもしれない。でも今は、断れないとか、そういうんじゃなくて、喜んで体をあげる。男が喜ぶのが嬉しい、のかもしれない。それを見て、あの子はまたあの目をするだろうか。それよりもっと、軽蔑だとか、拒絶だとか、そういう目をするんだろうか。あの子だって、いろいろやってるくせに。
男ってつまんない。いつだって、また今度ね、また次ね、と約束を先延ばしにするんだから。だったら、あした海を見に行こうよ、そして、あした結婚しようよ。わたしはきっと浮気をするから、そしたらすぐに離婚しようよ。
浮気をしました あたまおかしちゃん @mikamika_n
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