『怪物を宿す身体』&『見せる魅せる種』
第14話『秋刀魚が食べたいですねぇ』
「秋刀魚が食べたいですねぇ」
秋も深まり、冬も近い十一月半ば。
事務所の大掃除中に、愛花がポツリと呟いた。
今日もお気に入りのベージュのワンピースを着てはいるが、大掃除の為に割烹着と三角巾を着用し、手にはハタキを持っているせいで、どう見ても家政婦、しかも見習いにしか見えない。
「急にどうしたんですか?」
突然の呟きに、直人は疑問符を浮かべる。
こちらはグレーのオーバーオールを着用しているが、本や資料等を運び続けていたせいで身体が火照り、上半身を
「いや~、もう秋も半月程で終わるでしょう?なのに今年はまだ秋刀魚を食べてないなぁ、と…」
確かにそうだ。
栗、柿、茄子、松茸等、秋を象徴する食べ物を幾つか食べてはいるが、秋刀魚はまだ口にしていない。
「浅葱さんに連絡しておきましょうか?」
「いえ、そこまでしなくていいですよ。ふと、思っただけですし、また機会がある時で」
とは言うが、正直直人も食べたくなってきた。
脂が乗った、旬の秋刀魚。
塩を少し振り、パリッと焼き上げる。
醤油の代わりにポン酢をかけ、薬味は勿論大根おろし。
愛花は
あの苦味がアクセントになり、ご飯が進む。
(今日…は炊き込みご飯と、南瓜の煮付けを頂いたから、明日…は焼き茄子のあんかけだから、明後日やるか)
別に今日の献立に一品足してもいいのだが、やっぱり秋刀魚には白米に限る。
甘く、ふっくらとした米と秋刀魚。
(…炊き込みご飯は明日にしようかな…)
しかし、炊飯器の中は既に米と炊き込みご飯の具を入れ、出汁を張ってしまっている。
(…諦めよう…)
「そう言えば、浅葱ちゃん遅いですねぇ」
言われて時計を確認すると、既に昼前。
時間にルーズなところがある彼女ではあるが、確かに遅過ぎる。
「掃除って事を言ってますから、サボりじゃないですか?」
「うーん…」
「違ぇよ、馬鹿」
事務所の扉が開き、漸く出勤してきた浅葱。
少し暗めの青のセーターに赤いジャケット、細い白のストレートパンツ、ブーツにピアスと、今日も今日とて活気溢れる格好をしていた。
「悪ぃ、遅くなった」
「いえ、来てくれて嬉しいです」
「あと…直人」
「はい?」
「これ、今晩焼いてくれねぇか?」
浅葱から差し出されたビニール袋を確認すると、中身は四本の秋刀魚だった。
「あー!秋刀魚です!」
よりによって、今日買ってこなくても。
「それにしても、珍しいですね。浅葱ちゃんがお使いとお酒以外で食べ物を買って来るなんて」
「お前は俺を何だと思ってんだ?」
浅葱は頭をボリボリと掻き、小さな声で言った。
「アイツの命日だからな…好物位買ってやろうかと…」
「「アイツ?」」
今日の日付を確認し、更に記憶を辿る。
「「…あ…」」
二人共、思い出した様だ。
「そっか…今日でしたね…」
愛花は寂しそうな目で秋刀魚を見る。
「すみません…僕、命日の事を忘れてて…その上、掃除の予定まで組んでしまって…」
「気にすんな。俺だって思い出したのは今朝だったしな」
愛花、直人、そして浅葱。
天宮探偵事務所の面々の中で、唯一遅れて入所したのは浅葱。
愛花と直人は、愛花の祖母で事務所の前所長の八重が引退する前から一緒に居る。
「今日炊き込みご飯のつもりで
「俺はどっちでもいいぜ」
「あ!じゃあ秋刀魚の炊き込みご飯なんてどうですか?出来ます?」
「いいですね。掃除が終わったらすぐにやりますね」
「ん、頼むわ」
「私、秋刀魚の炊き込みご飯なんて初めてです!」
「僕も作るのは初めてですね」
「んじゃ、とっとと掃除しちまうか」
「あー…いえ、もういい時間ですし、昼食にしましょう」
「お昼は何ですか?」
「実はアパートのお隣さんから稲荷寿司を頂きまして」
直人が冷蔵庫から取り出した、少し大きめの弁当箱。
蓋を開けると、人参、椎茸、蓮根、
「おー、美味そうだな」
一足先に、浅葱が一個丸ごとぱくり。
続けて、愛花と直人も一個を半分ぱくり。
「美味しい…」
「中の具がいいな。野菜の食感がたまんねぇ」
「油揚げもお出汁たっぷりで美味しいです~」
箸休めに
三人で分けれる様にと二十四個あった稲荷寿司は、あっという間に無くなってしまった。
「ふぅ~…」
最後にお茶を一服。
昼間でもめっきり寒くなり、熱い飲み物が恋しくなり始める時期だ。
「じゃ、再開しましょうか」
再度三角巾を締め、ハタキを持つ。
「はい」
「おぅ」
今では賑やかで、楽しい雰囲気を放つこの事務所も、勿論最初はこうではなかった。
特に浅葱と二人の初対面は最悪だった。
まだ愛花と直人しか居なかったこの事務所に、舞い込んで来た一つの依頼。
それこそ、二人と浅葱の出会いのきっかけとなった謎。
それは不思議で、奇妙で、少し悲しいお話。
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