経過-2

  理世は三時間毎に母乳を絞り、毎日NICUに届けた。産後三週間は自宅で安静に、と一般的には言われているが、理世も看護師達も気にしていなかった。友里が元気に成長することが一番大切なのだ。入院していた頃はあんなにダメ母だったのに、退院して伊坂と暮らすようになってから、理世はすっかり落ち着きを取り戻していた。


 NICUに着いたら冷凍した母乳を看護師に渡し、友里のところに行く。友里が起きていれば、もぞもぞと動くのを眺め、眠っていれば頭とお尻に手を当ててあげる。


 合間に、看護師との交換ノートを読み、理世も返事を記入する。交換ノートは、友里の保育器についているネームプレートと同じくファンシーだ。文字はカラーペンで書いてあり、周りにはシールが沢山貼ってあった。看護師によっては立体的なシールを貼る者もあり、これは伊坂に不評だった。「凹凸があってノートが書きづらい」と。確かにそうだ、と理世も思った。

  

 伊坂は相変わらず忙しかったが、週に三日は友里に会いに来た。平日は一人で、週末は理世と一緒に。初対面の時に嫌味を言い合った看護師の岩井千穂とは、随分親しくなっていた。あれ以来千穂は、失礼なことを言わなかったし、伊坂も、あの時は大人気がなかったと反省し、千穂には優しい言葉をかけるように心がけていた。


 二人がNICUで一緒になると、友里のことはもちろんよく話題に上ったが、他には、お互いの仕事―看護師と弁護士―の話をよくした。伊坂と千穂はちょっとした時間に、小さい赤ちゃんの世話は怖くないのか、とか、司法試験はどのくらい難しいのか、とか、全く違う職業についている者同士、素朴な質問をしあった。


  

 伊坂と理世がNICUに通い始めてから、一か月半が経った。


 友里はどんどん大きくなり、体に付いていた管はほとんど取れ、オムツだけ付けて保育器の中にいる姿に違和感が出てきた。


「そろそろNICUは卒業して、お隣のGCUに移動ですね」


 いつものように理世が保育器の前に座って友里を見ていると、千穂が声をかけた。


「そうしたら産着を着られるようになって、さらに赤ちゃんらしく可愛くなりますよ」


 その言葉に、理世はこれまで心にうっすらかかっていたもやが晴れる気がした。口には出さなかったが、友里に後遺症が残るのではとずっと気になっていたのだ。


 きっともう大丈夫だ。良かった。

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