第8話 頂点の力



「はぁ・・・はぁ・・!」

 僕は息を切らして駆ける。どこからか火が上がっているのか向こう側がほんのりと紅色に染まっている。僕は向こう側で起きているであろう惨劇を脳裏に掠めながら汗で濡れた額を手で拭い走って行く。

「戦場が激しいのか?音が響いてる。」

「そうだねぇ、バシンバシンうるさいんだぜ。」

 僕に並んで隣ではメイトが長いローブ状の服をたなびかせ走っていた。さすがのメイトも疲労は感じるのか、額にはポツポツと汗の玉が浮かび始めていた。

 それより少し走った頃だ。遠くに聞こえていた戦場歌もついに耳を劈くような音へと変わる。

「な・・・」

 僕はそこにたどり着いて驚愕の声を上げた。目の前に広がる光景はただの『戦場』だった。

「おお、妖怪くんもなかなか必死なんだぜ。こんなに大量に、物量戦が大好きなんだぜ。」

 そう、メイトが言った通り、目の前の妖怪はまさしく大群、そのほとんどが獣型と呼ばれる妖怪だった。妖怪には二種類のタイプがある。それが獣型と人型の妖怪だ。獣型の妖怪には基本的に知能を持たない。ただ本能的に人の命の奪っていく。それに対して人型の妖怪にはほとんどの種類に知能がある。つまり、この世界に存在する一握りの善なる妖怪はすべて人型である。

「全て獣型・・・気になる奴は・・・あいつか」

 僕は視線を張り巡らせて妖怪の大群を一瞥する。そのほぼ中心核にある妖怪に目をつける。

「そうだね。あいつがこの大群のボスのようだね。」

 それに続けてメイトが言葉を発する。僕らが目を付けた妖怪は半鳥半人、ハーピィと呼ばれる妖怪だった。人間。主に女性の体つきをした上半身に対し鳥の下半身を組み合わせた奇怪な妖怪である。体長およそ2メートル近くなるハーピィが司令塔になっていることは一目でわかった。

 勢力的にこっち側が不利だということもわかる。不幸中の幸いなのか見た限りでは人間の死者はでていない。無残に赤に染まった妖怪は倒れほかの妖怪達の道へとなっている。地面にばらまかされた腸や脳漿が下品に命を絶つ戦場歌を不協和音のように響かせている。

「行くぞメイト、少しでも加勢しよう。」

「う~ん・・・今は危険な気がするよ。」

「そんな事言ってる暇がないんだ・・・っ」

 僕は地を蹴り駆け出す。メイトはしばらく唸っていたが諦めたかのように僕の後ろを追ってきた。


  ◇

 コアンは荒野と化した校内を走り回っていた。全ては戦場と化したこの学校に侵入している妖怪を倒すためだ。そんな霊飼い術師専門学校の怒涛で不動のAランクトップであり、レオンの先輩もとい同室人、コアン・シェルガイネは目の前の事態に辟易していた。

「はぁ~ヤゲン、私は聞いていないぞ。」

「案ずるな我が主、俺も聞いていない。」

「ほら見ろ、巨大な瓦礫が私の行く手を阻いている。」

 そう、コアンの目の前には巨大もいい巨大、ていうか学校の元浴場だった建物がなぜか倒壊し、なぜか目の前に瓦礫と化していたのだった。

「案ずるな我が主、お主ならできる。」

「正確にはお前の力だな。両手でいけるか?」

「我が主に不可能はないと思っている。」

 コアンは相棒、ヤゲンの言葉に「世界掌握は無理そうだ。」と反応して両手を重ねて瓦礫に軽く触れる。

「はっはっは、楽しいなぁヤゲン!!」

「俺は主の欲望を満たしてやろう。」

 コアンは両手を瓦礫に触れてヤゲンと同時に叫ぶ。

「「壊してやろう。」」


  ◇


「くらえ!!」

 周りでは様々な掛け声が周りにこだまする。うるさいくらいの声量が耳に届く。

「ゴァルルルルルル!!!」

 刹那、怒号のような断末魔の叫びをあげて一匹の獣型妖怪、炎のトカゲ、サラマンダーが沈黙する。サラマンダーを沈黙させたのは僕の背後にいた一人の先輩がやったものだった。

「君!大丈夫かい!」

「あ、ありがとうございます。」

「ご主人くん、行こう。」

「ああ、少しでもっ・・少しでも・・・っ」

 僕は戦場を掻い潜り右手をある一匹の妖怪へと突き出す。

「我、命失った者に第二の命を与える者、レオン也!!!!」

 絶対に!!倒してやる!!!

「召喚!!メイト・クランリス!!」

 右手を突き出してイメージを膨らませる。練習でも幾重と繰り返した。

「くら・・・ぐっ!?」

 突然、頭の奥から何かで殴られたような鈍痛な痛みに襲われる。思考する事がままならなくなってついに能力の発動が途切れてしまう。

「グァアアアア!!!」

 目の前では涎をぐじゅぐじゅと音をたてて敵が突進をしてくる。右腕に持った槍は適格に僕の喉に向けられていた。

「(・・・死ぬ、のか・・?)」

「壊してやる。」

 死を覚悟した刹那、僕の耳からほど近いところから声が聞こえる。その声を聴いて背中に氷塊を入れられたような錯覚に陥ったのは僕だけではないだろう。もしかしたら、死を覚悟したのは僕ではなく、目の前にいる敵かもしれない。

 ボッ!!!という聞きなれない音と共に目の前にいた妖怪は吹き飛ぶ。いや、正確には"腹の部分にだけ穴が空いた"という表現が正しいだろう。見た通り、さっきまで怒涛の突進をかましていた妖怪はまるでネジが切れたオルゴールのように止まり、音ひとつ発する事もなくなり沈黙した。

「私の可愛い後輩が世話になったな。貴様ら。」

 自分の背後から声が聞こえる。それは威圧と安らぎがこもっている声色だった。

「コアン・・・先輩」

 そう、振り向いた僕の目の前にいたのはこの学校の不動のAランクトップ、コアン・シェルガイネだった。

「やぁ、Dランク。」

「せめて名前で呼んでくれませんか?」

「ふっふっふ、君をいじるのは実にツボに入る。思わず欲情しそうだよ。」

「気持ち悪いですよ。」

「ははは・・・よかった・・・よかったよ。」

「何言って・・んっ!?」

 突然、手を握られた。慣れない感覚にドギマギしてバツの悪そうな顔になってしまう。大体なにがよかったのかもまったくわからない。

「ふふふ、なにがよかっただって?」

 どうしてこのひとはこういう時に人間離れした感知能力を持っているのだろう。

「また君の声が聞けて良かったんだよ。」

「んなっ・・・何を!」

 言葉を続けようとするのをコアン先輩はそれを右手で制する。もう一度みるとコアン先輩の目は女性の目ではなく、戦士の目だった。

「君はここで見ていてくれ。」

「え・・・?」

「私が、全員殺してやろう。」

 それだけをいい、先輩はおどるように地を蹴り飛び出した。数々の妖怪をもろともせずに突き進んでいく姿は"不動の頂点"という言葉ある故なのだろうか。

「我、命失いし者に第二の命を与える者、コアン也。」

 その言葉に呼応して、コアン先輩を中心に淡い紫の色が輝いた。

「召喚!!ヤゲン・アマノトリ!!!」

 一際強く紫が煌めいた瞬間、コアン先輩の片目の色が別の色にと変わる。霊飼い術師がゴーストをテイムして能力を発動すると、目の色がそのゴーストの持つ目の色へと変化するのだ。これでコアン先輩は能力の発動が可能だ。

「行くぞヤゲン、全員、壊してやろう。」

「了解、我が主。」

 コアン先輩は近くにいた妖怪に軽く触れる。それだけで・・・触れられた妖怪の触れられた部分が、まるで刳り貫かれたかのように穴が開いて絶命した。

「私の相棒、ヤゲンの能力は『刳り貫き』。触れた部分を能力の出力に比例して穴を空ける能力だ。力をより開放すれば穴は大きくなるし、少なくすれば小さくなる。」

 「さぁて・・・」とコアン先輩は吐息混じりに言葉を吐く。


「風穴開けられてぇのはどいつだ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る