「悲観者トーマス」

ある日突然、熱帯の小さな島に謎の生物が降り立った。



その日以降、その島の近くを通った飛行機や船舶はすべて行方不明になってしまった。

各国の調査グループが捜索に乗り出したがもれなく全員行方不明。


だが、行方不明になる直前まで情報を取り合っていたチームの殆どが謎の生物が接近してきているとの通信を発し、その後通信が途絶えてたことから、行方不明の原因がその謎の生物にあるのではないかということになった。


この問題は次第に世界のトップたちの耳に届くようになり、秘密裏にその島への接近を禁じるようになった。

これまで起きたことのない超常現象に頭を抱えていた研究者たち。だが、それに迫真をかけるようにさらなる超常現象が起こった。


場所は日本。

とある日本人の青年が人類を超越した能力を得たというのだ。初めは誰もが信じなかったが、時が経つにつれその青年と同じように人類を超越した能力を持つものの存在が世界中から確認されるようになる。その能力を写した動画も次々とインターネット上に上げられている。

瞬間移動、超腕力、空中移動、物体の複製etc……。

捏造だと思われる動画もあるが、CGや編集の様には決して見えない動画も存在している。


世間の人々は虚偽だと疑い、それほど話題にはならなかったが、例の熱帯の島のことを知る研究者たちはこの超常現象を真剣に捉えていた。

そしてドイツの研究グループは世界で一番初めに能力を発現させた日本人の元を訪ねることにした。


研究グループ代表の名はトーマス・アドラー(25)。

一流大学を卒業し、世界最高水準の研究者グループに勤め、妻子も持ったエリートである彼。彼は天才ではなく、努力で今の地位を勝ち取った本物の秀才だ。誰よりも真面目で好奇心に溢れた前途有望な好青年。


だが彼のエリート人生は日本を訪れたことから狂い始めたのかもしれない。









「いつか日本に来たいとは思ってたが、観光ではなくこんな理由で来ることになるとはな……。」


例の青年の自宅へ訪れたトーマスと助手として付いてきたサラ・シファー(22)。



「日本語が達者なんですね。」


青年は奥からお茶を用意してくる。


「お、日本の緑茶ですか。」


「いただきます。」


青年は一人暮らしのようで、客間にトーマスとサラを座らせる。

サラもトーマスと同じ研究グループの一人で、今回はトーマスの助手ということで日本についてきた。


「よいしょ。」


青年はトーマスとサラに向かい合うように座る。


「で、ドイツからわざわざ来てくださったんですってね。」


「はい。神崎 龍騎さん。僕たちはあなたの能力の件について来ました。」


「トーマスさんとサラさん……でしたよね。まさか俺の能力をあなた方のようなエリートさんたちが本気で信じるなんて。」


「単刀直入に聞きます。その能力は本物ですか?その、魔法の様な能力は。別に疑ってはいません。ただの確認事項です。」


「本物ですよ。なんなら今この場で見せますか?」


そう言うと神崎はその場に立ち上がる。


「いきますよ……。」


神崎は両手の平を向かい合わせ、力を込める。両手の平をくっつけはせず、20cmほど距離を開けている。


「はぁぁぁっ!」ブオンッ


「!」


神崎の両手のあいだの空間に魔法陣が具現化する。その魔法陣は照明や自然光とは違う煌めきを放っている。


「……はい。こんなもんですね。」


神崎はその魔法陣を解除する。


「おぉぉぉぉ!凄いですね。本当に実在していたのか……!」


「神崎さん。その魔法陣は何なのですか?」


サラが質問する。


「何なのって……。俺もよく分からないですよ。ある日突然出てきたのです。」


「……そのある日というのはいつか覚えてますか?」


「3ヶ月ぐらい前かな。」


「……やはり、その時ですか。」


「サラさん。何か心当たりが?」


「実は―――。」


サラは例の熱帯の島についてと、神崎のような能力者が世界中で確認されていることを説明する。


「へぇー……。」


「ここまで言えば私たちが神崎さんに頼みたいことが分かりますよね。」


「俺にもその超常現象の調査に協力しろ……。てことですね。」


「そうです。」


「うーん。」


「悩むのも分かります。いきなり海外から研究者に尋ねられて協力しろなんて、戸惑うのは当然です。ですが、食事や睡眠等の私生活の快適さは保証いたします。」


「いや、協力する分にはいいんです。」


「え?よろしいのですか?」


「はい。俺もこの能力を得た時からいつかは世界を救うんだろうなーとは思ってたんで。」


「はぁ……。」


「ただ、俺しかいないのはちょっとなって。」


「どういうことでしょうか?」


「いや、能力者は俺しかいないのかなって。確かに世界中にはいるみたいですけど、接触したのは俺だけですよね。」


「他の能力者の方々には後々お声をかけていくつもりです。第一号が神崎さんというだけで。」


「あ、そうなんですか。仲良く出来たらいいですねぇ。」


「私たちも人間関係については尽力をつくして問題を起こさないようにしてゆくつもりです。」


「では、向かいましょうか。ドイツに。」


「ほ、本当にいいんですか?今までのような普段の生活には戻れないかもしれないのですよ?それに仕事は……。」


「俺ニートだったんで仕事はしてないです。俺はこのつまらない世界が変わるのをずっと待っていたのですから断る理由はないですよ。」


「そうですか……。」


「というか優しいですね。普通は何か、研究機関って言ったら無理矢理拉致監禁しそうな感じですけど。」


「その様なことはトーマスがリーダーである限り絶対にしませんよ。」







こうして、神崎はあっさりとトーマスの研究チーム【UPCP(unidentified phenomenon countermeasure project)】に加わった。


神崎は暫く自身の能力の研究に努めることとなる。




神崎がドイツで暮らし始めてからしばらくがたち、とある計画が始動した。

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