父親の才能

「案外あっさり」


「あ……?」


「いや、案外あっさりと思い出したみたいで」


そう。 不意に思い出した事柄がある。


“娘をお救いください”


あのひとは、たしか以前にも、そういった切望を当方に持ちかけた。


愛しい娘が、これ以上血潮にまみれるのは我慢ならないので、引導を渡してやって欲しい。


何ともおぞましい思考様式ではあるが、これも一つの親心と呼べるか。


「………………」


ともかく請け合った俺は、どうしたんだっけ?


こういう性格だから、バカ正直に娘と向かい合ったのだろう。


もちろん、冷たいほこを手にして。


その結果は、生憎あいにくながら覚えていない。


この身がこれまでながらえ渡ったところを見ると、娘のほうが先につのを引っ込めてくれたのか。


「しかし、お前もろくなモンじゃねえな」


「はい?」


「親に向かって手ぇ上げるどころか、滅茶苦茶しやがって」


「はは? 懐いて欲しけりゃ、もそっと親らしく振る舞ってみせなさいな」


それもそうかと、妙に得心する自分がいた。


月並みながら、親らしいことなど、これまで何ひとつとしてってあげられなかった。


きっと、子らに顔向けのできない父だったのだろう。


果たして父親というものに、相応の才覚が必要であるか、それは多分に論ずるべきところではあるが、自分には父親としての覚悟も無ければ、度量も無い。


老々介護ならぬ、幼々扶養。


まったく情けない話である。


「分かってんなら掛かってきなさいな。 金棒そいつ貸してあげる」


「なに?」


目先に意識を留めると、片手間に和弓をあらわした彼女が、不敵に笑んでいた。


あわせて、しなやかな肢体にいなずまが走り、鈍重な黒装束が、真っ白にきよめられてゆく。


そうしてついには、見えない力が頭上の暗雲をも散らし、そこから幾重にも降り注いだ薄明光線が、彼女の身を神々しくあしらった。


天國あまくにの名において」と、彼女が歌うように述べた。


「私はあなたを討つ。 でも、気負う必要はありません」


「なんだと?」


「今も昔も、あなたは私の遊び相手だから」


「それは」


「父親としては最低でも、喧嘩相手としては最高なんですよ。 あなたは」


瞬間、空が響動どよめくほどのはやさで、穂葉が矢を射った。


応じる史も、手負いの身についやすべき守りを度外視し、速さのみに重点を置いた。


そうして拾得した金棒で、これを一心不乱にはたき落とした。


アスファルトをとらえたやじりは、またたく間に有害な砕片と化し、人気ひとけの絶えた町中を、わが物顔で掻き乱した。

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