第13話決戦

どこだ、ここ。




なんで、私は走ってるんだ。




携帯も、財布もない。靴も履いてるのかわからない。




ただ走って、どこかを目指している。




昼間は仕事をしていた。与えられたタスクを黙々とこなしていた。

普通のことをしていたんだ。何も感じず、蟻のように淡泊な日を過ごしていたはずなんだったんだ。


家に帰った途端、それが壊れた。


全てを放り投げて逆走を始めた時、前が見えなくなった。音が聞こえなくなった。

闇の中を彷徨うような感覚に心の亀裂が止まらなくなった。ありもしない鎧は輪郭を残して消え去り、裸のまま外気に晒された。




壊れる。壊れる。壊れる。




空から降り注ぐ大量の槍が身体を重くする。

まだ止まれない。止まってはいけない。

視界を奪う生暖かい障害は、槍の破片なのだろうか。何度も袖で拭ってただ走る。





石階段を駆け上がる。




腐った鳥居を抜ける。




朽ちた建物に沿って裏側へ。




そして、そこが終点。




目の前に転がるスコップを拾い上げ、水に浸されてより濃くなった場所へ突き立てる。

もうすぐ世界が闇に覆われる。そうなれば見失う。私の全てを。


速く。


掘り終えた頃、まだ日は暮れていなかった。私を守り続けてくれた穴は、いまもここにある。

座り込んで、荒く脈動する喉を止め、思い切り力を込めて、その穴へ叫んだ。




叫んだ、はずだった。




口から出たのは、ただの息。

ここへ来て、ここまで来てやっと、私は気付いたのだ。叫ぶ理由がわからないことを。悪態も、悲しみも、何も無いことを。言葉を失っていることを……。


そのまま固まっていて、不意に笑ってしまう。膝を付いて頭を穴へ入れるその姿は、まるで土下座じゃないか。私はこの人生、ずっと土下座をして生きてきたわけだ。

同時に一つわかった。だから幸せになれないのだ。卑屈で、卑怯で、汚く、恥知らず。私とはそういう人間だったんだ。










もう……終わりにしよう。










その時、雨音に混じって、微かな雑音が耳に入った。慌てて振り返るとそこには……。


「楽しそうですね」


辛うじて人とわかるそれは、僅かな雷光によって姿を現した。


「悠…………」





初めて出会った時と同じ出会い。

でも、あの時とは違う。





この出会いは、最終決戦なんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る