第三話:再会とうまい話

 私たちは温泉から上がり、今は旅館にほど近い酒場で食事を取っている。

 私はピザをつまみ、ミトはフライドポテトとソーセージ。ビールを片手にテーブル席で談笑していると、一人の男が寄って来た。


「あれぇ? もしかして御厨みくりやミト?」


 見上げるとそこにはイケメンが居た。

 反して、ミトの顔は渋い顔だ。


「げげっ、ラルフじゃん。なんでここに居るのよ」

「偶然偶然。いやぁ新しい温泉が出来たって聞いてきたらミトに会えるなんて俺はツイてるねえ」

「ねえ、誰?」

「昔の彼氏」


 ちゃっかりと彼は私の隣に座って、こちらにウインクをした。ちょっとドキっとした自分の心が単純で憎い。

 

「ったく、学生の時は右も左もわからなかったから、こういう軽い奴にひっかけられちゃったのよね」

「ひっどいなあ。ミトだって積極的だったくせにね」


 ラルフという男はこっちを向いて尋ねる。 


「君は何て名前なの?」

阿僧祇あそうぎアイカ。よろしく」


 宇宙は寂しい。四六時中一緒にいるミトと話をしていても楽しいけど、時々一緒に居る事に飽きてしまう事もある。やっぱりたまには違う人とも話をしたい。

 酒が入るにつれ、最初は昔の彼氏にシブい顔をしていたミトも酔いの勢いと昔話で盛り上がった。酒を飲むときの醍醐味とはこういうものだよね。

 男とミトはすでにジョッキ四杯目に突入している。


「しっかしさあ! 地球はあんなにも綺麗に見えて今にも手に届きそうなのに、いけないんだもんなあ」

「軌道上にデブリがバラまかれて手のつけようがないもんね」

「ご先祖様は愚かな事をしてくれたもんだよ全く」


 地球軌道上は現在もデブリの海に囲まれており、私たちは地球に戻る事すらままならない。本当に馬鹿な事をしてくれたもんだよ。リノリウムだって地球に絶対にあるに違いないのに、手が届かないなんて。

 ジョッキの半分のビールをラルフが口にした所で、大分目も据わってきていよいよ酔いが周ってきている。ミトはあれだけビールと度数の高いウォッカを飲んでもまだ平気だ。バッカスかこの子は。


「そういえば最近面白い話を聞いたんだよ」


 ラルフが口を開いた。


「何?」

「ここから片道三日の距離にある暗礁空域にさ、小惑星が一つあるんだけど知ってる?」

「初耳ね」

「惑星なんか宙域航行してれば幾らでも見るし、それがどうしたの?」

「なんでもその星には珍しい金属があるらしい。かつては鉱星として採掘活動が行われていたが今は無人だとか」

「どうせ珍しいつったって金とかじゃないの。ありきたりの貴金属じゃん?」


 ミトが言うと、男は指を振って言う。


「違うんだなあ。なんでも、そこで掘った鉱石を加工してある合金を作っていたらしいんだよ」

「なんで掘った所で合金なんか作ってるの?」

「さあ、噂だからな。真相は違うかもしれん。ともかく、それは好事家にはとても価値があるもので、一グラム数百万ルナ$を払っても惜しくない代物だとか」

「一グラムで数百万ルナ$!?」


 素っ頓狂な声をミトが上げる。あまりにも大きな声なので他の客からも眉を顰められてしまった。


「でも、もしそんなのがあったら、私たちの借金がすぐ返せる」

「ミトはそういう美味い話にすぐ食いつくんだから。そもそもそんな小惑星があったらすぐに宝探しが殺到するに決まってるじゃん」

「暗礁空域の中にあるって言ったろ。山ほどの障害物がある中をくぐりぬけられる腕の在る奴なんてそういないさ」

「ビームで全部砕けばいいじゃん」

「そんなの大企業の船しか搭載してないだろ」


 ミトは以前の事を思い出してか、いつの間にか額に皺が寄っていた。

 ついこないだ、デブリの海の中をすり抜けて帰って来た事がある。

 あの中を操縦すると言うのは本当に生きた心地がしない。大きい物に当たらなくても、小さい物でも十分な速度を持って突っ込んでくると船体に穴が開く。

 それで居住スペースギリギリにネジが貫通した時なんかは本当に生きた心地がしなかった。間一髪で船外活動用の宇宙服を着ていなかったら今頃私たちは宇宙の藻屑になっているに違いない。なんでそんな所通ったんだって話は置いといて。


「それでその作ってる物の名前は?」

「さあ。確かなんとかウムっていったような」

「なんとかウム。リノリウムとかだったりしない?」

「ああ、たぶんそれ」


 今度は私が素っ頓狂な声をあげてしまい、また他の客に睨まれてしまった。

 まさかこんなところで出会える可能性があるとは思ってもみなかった。


「星までの詳しい座標は知ってるの?」

「勿論知ってるよ。大体この辺りだ」

「ふうん。まあアタシは半信半疑だけど、アイカはどうなの?」

 

 口ぶりではそんなだけど、既にミトの顔はノリノリである。


「一獲千金なんでしょ? 行くしかないじゃん」

「ひょー! そうこなくっちゃ」

「楽しい話をありがとう、ラルフ」

「なに、俺も昔話が出来て楽しかったよ。ここは奢りにしておく」

「太っ腹!」


 そうして私たちの予定は決まった。

 酒場から別れた後、民宿に泊まって英気を養った私たちは残りの宿泊をキャンセルして早速小惑星に向かう為の準備を進めていた。

 準備も終わり、船の修理も終わっていよいよ出発となる当日。ミトは宇宙船の状態をチェックすると行って先に家を出てドックに向かった。私は家の片付けをしてから出る。

 私が月のドックに入った所で、ちょうどドワイトと鉢合わせになる。


「おうアイカ。お前の船の中に変な男が乗り込んでいったぞ」

「変な男? 誰それ」

「なんかミトと口喧嘩しながら半ば強引に入っていったが……あいつの顔、どっかで見た事あるんだけど誰だったかな」


 ドワイトは首を傾げ、私は天を仰いだ。

 まさかあいつ、一緒についてくるつもりなんだろうか。

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