いとしのリノリウム
綿貫むじな
第一話:過去からの贈り物
「ミト。そっちに何かあった?」
「今の所、めぼしいのはほとんど無いねえ。アイカの方は?」
「こっちもない。遺体だけかな」
ため息を吐く。これだけの大きな宇宙船なら少しくらいは何か隠れたお宝くらいはあってもいいんじゃないかと思うけど、現実は厳しい。
宇宙船は文字通り大破して見る影もなかった。輸送船だとは思うけど数百年も昔のもので、小惑星との衝突によってひしゃげて真っ二つになっている。
それだけなら何てことはないんだけど、いつの間にか月の周回軌道にまで流れてきてデブリをまき散らしている。このままだと他の船の通行の邪魔になってしまう。
そういう時こそ、私たちスペースデブリ回収業者の出番だ。
こう言った宇宙ゴミを回収し分別して再利用に回し、再利用もできないゴミは巨大ゴミ集積コロニーまで持っていく。燃えるものなら燃焼させて熱エネルギーを取り出し、燃えないゴミなら太陽まで持って行って投げ捨てる。結局燃やす事には変わりない。
輸送船の操舵室に赴くと、そこには空間を漂っている宇宙服を着た遺体が三体ほどあった。かつての乗組員たちだろう。私とミトは手を合わせる。
貴方達の仕事に敬意を払います。成仏して下さい。南無阿弥陀仏。アーメン。
遺体は片隅にまとめて結束バンドで固定し、何かの拍子で何処かに行かないようにする。これらの遺体も回収して遺族や子孫に受け渡すのもまた仕事の一つだ。
デブリ業者と言っても業態は様々。私たちは中小企業というか個人事業者、自営業みたいなもので、細かいデブリを主に扱っている。この壊れた輸送船で言えば、中に残された貨物なんかが私たちの担当だ。
輸送船自体は私たちの小さな船では牽引できない。別の大きな業者に頼まないといけない。もうすぐその業者も来るはずなんだけど、予定時刻は既に過ぎている。
「遅いなあ」
「一体どこうろついてるんだか、あのおっさん」
「先にこっちの作業進めちゃおうよ。待ってらんないわ」
私たちは輸送船内部の調査を進める。
デブリを撒き散らしている船の破断面はひとまず補修材で固めて破片が飛ばないようにした。泡みたいなやつがあっという間にモコモコ出てきて破れた宇宙服なんかを即座に修復して、空気の漏れを防いだりする用途なんだけどこういうのにも使える。
ネジとか破片とか細かいデブリはまとめて網みたいなもので、その都度回収していく。既にデブリ袋が幾分か質量を持っていて、何かの拍子で運動エネルギーが付与されると危ないので、いったん私たちの船に積む。
輸送船は推進モジュール、燃料区画、倉庫、後は操舵室と乗組員の部屋とシンプルな構成だ。燃料区画と推進モジュールはそもそも調査しても仕方ないのでしない。それらは月に戻ってから調べる事になるだろう。
私たちは操舵室と乗組員の部屋、倉庫を調べていた。
先ほど操舵室と乗員の私室は調べて特にめぼしい物がない事は確認したので、残る区画は倉庫だけとなる。
宇宙空間を旅するには色々と備蓄が必要となる。そこそこ良い物くらいはあるだろうとうっすら期待していた。
「お邪魔しますよっと」
倉庫の扉を開こうとするが通電していない。
「ミト、パワージャッキ用意して」
「あいよ」
ミトはジャッキを扉にセットし、電源を入れた。
扉は長い事開閉していない上にロックが掛かったままになっている。そんな扉を力ずくで開くものだから、軋みながらゆっくり扉は開いていく。
私たちはジャッキをまたいで倉庫の中に一歩踏み込んだ。
衝突によって船内の空気を全て吐き出したはずなのに、この中は澱んだ雰囲気みたいなものを感じた。
荷物は中空にぷかぷかと浮かびながら散乱している。
きっちり梱包されているおかげで、中身が飛び出している物はない。それぞれの荷物には内容物が何かラベル付けされているおかげで、中を開ける手間も省けた。
「やっぱり大体、食料とか着替えとかばっかだね。後は船の備品」
「まだ中身無事な食料ないかな」
「ミトは食い意地ばっか張ってるんだから」
とはいえ、私たちが生まれる数百年前の船の食べ物なんか口にするべきじゃないと思うけど。いくら密封してあるとはいえ中身が変質してないはずがない。
鼻歌を歌いながら、食料と書かれたボックスの中を開けていくミト。
フリーズドライ食品や缶詰が詰め込まれている。宇宙空間の中で食べられるものと言えば大体そんなもので、特に長距離航行ともなればどうしても保存期間の長い物に限られてしまう。昔ならなおさらだ。今でもそれは変わっていない。
今を生きる私たちの時代でも、ワープ航法みたいな空間をすっ飛ばして航行できるような技術は生まれていない。
星間航行のような長い航海ともなれば数年は覚悟しなければならない。コールドスリープ技術は確立されているけど、あれはまだ高すぎて宇宙船に搭載されているのなんてごくわずかだ。私たちのような庶民には手が出る代物じゃない。そもそも、太陽系から外に出る機会が私たちにはまだないのだが。
「全然良い物ないなあ」
あらかた箱の中身を改めたミトが愚痴る。
「まあそんなもんだよ……?」
そんな中、私は倉庫の隅に固定されて置かれていたラベルのない青いボックスに、目を惹かれた。他の箱には中身が書いてあるのにこれだけ記載がないのは何故?
何気なしに箱の梱包を解いて、蓋を開けると。
「わぁ……」
中に入っていたものをみた私の瞳は、きっと輝いていた事だろう。
「なになに?」
興味津々と言った様子でミトが覗き込みに来た。
中に入っていたものは書物だった。
それも紙で作られ、ハードカバーの装丁された本の数々!
変色はあるものの保存状態は悪くない。パラっとページをめくる。紙がボロボロになる事もなく綺麗にめくれる。
ざっと全ての中身を確認する限り、小説本であることが分かった。しかも読める言語だ! これほどうれしい事はない。昔の本に触れる事が出来るなんて本の虫なら感激物だよ!
「紙の本じゃない。こんな骨董品があるなんて凄いじゃん」
「これは絶対に売らないからね。幾らお金を積まれても絶対に」
「わかってるよ。ホントにアイカは本の虫なんだからさ」
私の念押しにへらへらと笑うミト。本当にこの人はわかっているんだろうか。
ともかくこれは文化的にも骨董的にも、そして私的にも大変なお宝である。
これは是非とも確保しなければならない。大急ぎで私は箱を梱包し直して船に運び込んだ。
運び終わった直後に、ようやく別の業者が来た。遅いんだっての。
「いやあ、遅くなっちゃったよ」
のんきにへらへら笑いながら来たのは中年の白人男性だった。
少し額が後退して、お腹が相応にたるんで出っ張っている。
いかにもなおっさんだがデブリ回収の経験は長い。船外活動のエキスパートでもある。
「おーそーい! おっさん何してたの!」
「いやあ、ちょっと航行ルート間違えちゃって」
「舌出してテヘ☆ってやっても可愛くないから」
とはいえこのおっさん、ドワイト=ウィーラーも私たちの知り合いなのだが。
この仕事、やりたがる人はあまり多くない。宇宙の安全を確保する大事な仕事と言っても、早い話ゴミ回収業者で印象が良くない上に、飛んでくるデブリの為に命を落とす事態も珍しくない。雇われでは給料も多くない。船を買って自分たちで仕事を取って来た方がより稼げるのだ。何より、デブリと言っても今回のようにお宝にありつける事もわずかながら、ある。雇われではお宝を見つけても会社が横取りするか、価値のわからない上司(バカ)のせいで処分される事だってある。
「アイカちゃんよぉ。船の借金返し終わった?」
「まだ全然ですよぉ。あと29年くらいはローン地獄ですね」
「へっへっへ。働き甲斐があるねえ、全く」
「おっちゃんの方こそどうなのさ」
「俺か? 俺ンとこの船は中古の払い下げを安く買ったからな。一括で買ったからローンなんて無し! この仕事してると船なんか幾らでも壊れるから新品なんか買うのは損ってもんだぜ」
「ぐぬぬぬぬぬ」
確かに新品で船を買ってしまったのは私のミスだけど、こう言われるとムカつく。
私が地団太踏んでいる所にミトが口を挟んだ。
「でもさ、この船って私たちの住居でもあるわけじゃん? 古臭くて誰かの生活臭がにじみ出るような船なんてまっぴらごめんよ。乙女二人なんだし。ドワイトおじさんみたいなそこそこ大きい会社なら、中古でも広さや輸送力優先ってのはわかるけどね」
「ウチみたいに手広くやってる会社は経費は必要最小限に抑えなきゃならんからな。ポンポン新品買ってたら赤字で従業員を雇う金も無くなっちまう」
ドワイトは笑っているが、外に係留している彼らの船は私たちの船「ラビットスター」の何倍も大きく、そのまますっぽりと格納できてしまうくらいのスペースがある。従業員だってこの船だけでも何十人と居るし、月の本社では数百人が働いているわけで、確かにいちいち新品など買っていられないのも仕方がないのかもしれない。
それでも、船はデブリ回収業者にとっては第二の住居なのだ。
「はぁ。月でもコロニーでもいいから土の地面に横たわりたい」
「私もシャワーじゃなくて湯舟にゆっくり浸かりたい」
私たちはいい加減疲れていた。
色んな場所を数か月も行ったり来たりで、ゆっくり休んでいる暇が無かったのだ。
ああ、この船から得られた書物を自分のアパートの部屋でゆっくりと読みたい。
ドワイトと話をしていると、彼の会社の社員が一人近づいてきた。
「社長。壊れた船の格納準備が整いました」
「ご苦労。これだけ古いと史料としての価値もありそうだ。その線で売れそうな所をピックアップしてくれ。売れない時は、まあエンジンとかひっぺがしてみるか」
「エンジンはどうですかね……。古すぎて使えるかどうか」
「じゃあ、私たちはこれで」
「おう、ご苦労さん」
ドワイトに挨拶をして、私たちは自分たちの船に戻った。
今回は仕事としては楽な方だったけど、稼ぎはあまり良くない。
デブリ回収は回収したゴミの量と、デブリをこれ以上拡散させないようにした処置の内容で決まる。今回の案件は業者としてはほぼドワイトの会社が取り仕切っており、私たちは下請けだ。幾らかはドワイトの会社から貰えるけど、経費と船のローンで大体は吹っ飛んでしまうだろう。
だから船内の物品には密かに期待していた。
確かに本は私の中では大いなる収穫だった。でもめぼしいのはそれだけで、かろうじて輸送船の部品が幾らかマニアに売って小銭を稼げるくらい。
船に戻ってからミトの愚痴が止まらないのも無理はなかった。
「遠い宙域を右往左往してもこれじゃあね」
「私は満足してるけどもね」
「アイカはいいよ。大好きな本を見つけられたんだもの。でも私たちの生活には足りないんだよね、これじゃ。他の案件を近いうちにこなさないと、借金返せないよ」
「あー、聞きたくない聞きたくない」
シャワーを浴びて簡単な食事を取っている間にも、どれだけミトの小言を聞いた事か。
愚痴を投げまくって少しは気が済んだのか、ミトは今後の予定をチェックすると言って自分の部屋に戻った。
私も自分の部屋に戻り、寝る前に先ほどの小説本を読む。
枕元に積み上げた紙の本。
やっぱり本は良い。物理の紙の本は何物にも代えがたい良さがある。
紙の匂い。ハードカバーの手触り。めくる感触と音。
どれもこれも電子書籍の味気無さとは違う。確かな存在感。
でもそれは、他人に言わせると懐古趣味でしかないってよく言われる。
ミトには少しでもいいからわかって欲しいんだけど、彼女はそもそも本を読まない。残念だ。
私は部屋の灯りを消し、ベッドサイドの小さなランプだけを付けた。
ほのかな乳白色の灯りが枕元を照らす。
表紙をめくり、内容を読む前に発行された日にちを見る。
今から遥か前の日にちが記載されていて、少しだけ目まいを覚えた。
小説の中身を読み進める。
それ自体はあまり面白い物でもない、娯楽恋愛小説。今とは価値観が違いすぎて首を傾げるシーンや描写が多い。でもそれはそれでよかった。昔の価値観を知って楽しめる。
「昔の恋愛って、こんな感じだったのか」
今はもう、遠距離恋愛どころか数か月も顔を会わせないのは当たり前で、私たちのように宇宙を行ったり来たりするような仕事に就いてしまうと一年以上は会わないなんて事もある。定期的に連絡を取れたとしても次第に疎遠になって、私のように別れてしまった男女なんていくらでもいる。
それにしても眠気が訪れない。もう三冊目になるのだが、その中でたびたび気になる記述が現れる。
――リノリウムの床を、私たちは歩く。
――リノリウムの上を、私は寝転がった。
リノリウム。
一体それは何なんだろう?
私が生きて来た二十数年の人生の中でも聞いた事のない素材の名前。
おそらく鉱物っぽいような感じがする。
でも床に使われているという事は、大理石のような使い方をするんだろうか。
リノリウム、もしかして貴重な鉱物なんだろうか。だとしたら、探す価値は大アリなんじゃないの。
私の頭の中は、早くも取らぬ狸の皮算用を始めていた。
何処にあるかもわかったもんじゃないというのに。
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