第28話 戦慄の通過儀礼
審査官の長い説明の後、諸々の書類に血判を押し、さらに簡単な説明をいくつか受けた後、ようやく僕は奥の扉へ進むことを許された。
まずは正式な身分証明が必要とのことで、次はある認証機器によって認証コードをスキャンするらしい。
それが済んだら、更に本格的な説明を受けなければいけないそうで、僕は少しうんざりした顔をした。
扉の奥の通路を通過するだけでいい。という審査官の言葉からはとても手軽そうな印象を受けた。それは普通の人からしたら、そうなのだろう。
しかし僕はこれから、不正コードでそれを通り抜けるのだから、心中は気が気でなかった。
その仕組みの説明は僕にはよくわからなかったが、まぁ儀式のようなものだから。と審査官は、あたかもそれを拒否される理由もないだろう様子でさらりと言った。
審査というよりは、通過した認証コードの記録を残すためだということを聞いて、僕は少しだけ安心した。
もちろんその認証コードが、盗難届や失効届などを受けているようなものである場合は、即座に逮捕となるらしいが……。
最近は、どんな手口を使っているのか、不正入国者が後を絶たないらしく、どう取り締まるべきかで頭を悩ませているようなのだが、あのスラムで見た闇市のことは、今は口が裂けたとしても言えるわけがない。
あそこで手に入れたものじゃないにせよ、僕のコードは違法なルートで入手したことには違いないのだ。
あらぬ疑いをかけられ、とんだとばっちりで不正コードがバレて地獄行きになってしまうだけだ。
どうか不正コードがバレませんように。と僕はそれはもう強く願った。
意を決して僕は椅子からガタンと立ち上がると、その音に反応して猫の紳士はびくんと目を覚ましたが、糸を垂らすヨダレをそのままに、審査官に促され別室に連れていかれていった。
僕はひとりぽつんと、その場に取り残された。
いつまでもここに居ても仕方ないと腹を
そこには近未来的な雰囲気の、トンネル状の通路が続いていた。
その通路には手前から奥へと等間隔に三つ、壁に沿って埋め込まれたアーチ状のゲートが設置されていた。
それぞれのゲートの横には一つずつ液晶パネルのようなものが掛けてあり、そのパネルたちはすべて、緑色の背景に白い文字で『Ready』と表示されていた。
このゲートをくぐり抜けると、認証コードが読み取られる仕組みなのだろうか。
僕は不安ながらにきょろきょろと、辺りを見回した。
通路の先はとても照明が煌々と明るい、ガラス張りで中の見える部屋のようだ。
その部屋の中は、いくつかの椅子が見えているがこの距離だとよく分からない。
通路の出口の上の方には、大きめのディスプレイが設置してあり、黒い画面に何かが表示されていた。
目を凝らして見ると『Ready』という白い文字の横に、緑色のアイコンが三つ点灯していた。
足元には進めと促す矢印が描かれていた。
僕はゆっくりと前へ歩きだし、一つ目のゲートの手前で少し躊躇して立ち止まったが、早く解放されて楽になりたいという気持ちが、その最後の一歩を進めた。
……。
何も起こらない。
張り詰めるような空気と、何か起こるのではという恐怖で、僕は呼吸が止まりそうだった。
すると一つ目のゲート横のパネルの画面が、緑色の背景から青色の背景に切り替わり、『OK』の白い文字が表示された。
もしやと思いディスプレイを見上げると、『Ready』の緑色のアイコンの一つが消え、『OK』の文字の横にある青色のアイコンが一つ点灯していた。
……どうやらうまく通過できたようだ。
僕は安堵のため息をつきつつ、続けて二つ目のゲートをぴょんと飛び越えるように通り抜けた。
……。
すっと二つ目のゲート横のパネルも、一つ目のパネルと同じように青色の背景に切り替わり、『OK』の白い文字が表示された。
出口の上のディスプレイの表示を確認してみると、今度は『Ready』の緑色のアイコンの点灯は一つになり、『OK』の青色のアイコンの点灯が二つになっていた。
なんだ、ちょろいな。いけそうじゃん!
僕は心を弾ませて、三つ目のゲートを陽気なステップを踏んで通り抜けた。
ビーーーーーッ! ビーーーーーッ! ビーーーーーッ!
突然、けたたましい警告音が鳴り響いた。
三つ目のゲート横のパネルは、赤色の背景に白い文字で『NG』となっていた。
すると次の瞬間、通路内の照明が一斉に赤色の照明に切り替わった。
僕はその警告音と、視界が急に真っ赤に染まった驚きで、体がびくっと反応し、鼓動がすごく早まるのを感じた。
すぐ上にあるディスプレイを見上げると、さっきまでの画面とは異なり、赤い背景に『NG』の白い文字がデカデカと表示されていた。
ビーーーーーッ! ビーーーーーッ! ビーーーーーッ!
警告音は止むことなく、すごい音量で鳴り響き続けている。
「えっ、えっ……? あ、えっ……?」
僕はどうすればいいのかわからず、おろおろとどこか隠れる場所ないか、それとも走り抜けてべきかと頭をフル回転させて思索した。
ゲートしかない通路に、隠れる場所などあるはずがない。
ならば走り抜けるしか。とふいに通路の先のガラス張りの部屋に目をやると、更に僕はぎょっとした。
あまりのショックで、その場に立ちすくんだ。
その部屋のガラスで出来た透き通った扉の向こう側に、死神の猫がニヤリと仁王立ちで待ち構えていたのだ。
万事休すとはこういう状況のことを言うのだろう。
しばらく死神の猫と、ガラスの扉越しで睨み合いをしていると、その部屋の更に奥にある扉から、体の大きい甲冑の猫がどかどかと走り込んできた。
するとその体の大きい甲冑の猫は、邪魔だ、どけ! と、死神の猫を突き飛ばしてた。
通路の元来た扉の方からも、どかどかと長身の甲冑の猫が飛び込んできて、僕を取り押さえに飛びついて来た。
じたばたとする僕は手足を抑えられ、為す術もなく、確保されたのだった。
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