第8話 もふもふさん
森の入口に辿り着くと、オレたちは白いもふもふから降りた。いくら足の早い兵でも、ここまでは追って来られないだろう。ふとリューナを見ると、もふもふから降りるのに知らない男の手を借りている。男を見つめるリューナの表情は、いつもオレたちに向けられているものとは明らかに違う。
それになぜか、昨日までのリューナと違い、少し可愛らしく見える。男はかなり顔立ちが良く、すらっとした長身で、オレよりもずっと格好いい。まさか……女は恋をすると魅力的になると言うが……リューナ、この男と何かあったのでは?!
「助かったぁぁ、ありがとう! もふもふさん!」
アイキが大きなもふもふに飛びついた。そう……見ず知らずの男のことよりも、ずっと気になっているのは、このもふもふだ! オレもアイキの隣りに行き、何気ない顔で大きなもふもふを撫でる。やはり……思った通り、顔のあたりは背中よりもふもふしていて、ものすごく気持ちがいい! オレもアイキと同じように飛びつきたい! もふもふに顔を埋めたい!! だが……それはオレのキャラではないっ!! アイキとリューナの前でもふもふする姿は見せられない……。けれど……ああ、なんてもふもふなんだ!!
「今日のわしは大活躍じゃな」
「わっ! しゃべった!!」
アイキが驚いて、もふもふから飛ぶように離れた。オレはつい我慢出来ずにもふもふに顔を埋める
――ばふっ。
ああ……想像以上にもふもふじゃないかぁぁっ!!
そう思うと、もふもふがスルリと顔から滑り落ちる感覚がして、オレから離れた。もふもふは、その姿を小さな獣のサイズに変えて、腰のあたりに擦り寄る。
「悪いな、乗せていってやりたいが、お主ら全員を乗せる大きさでは森は狭すぎる。共に歩こう」
「いや、ありがとう。ここまで逃してくれただけでも十分だ」
本当はそんなことよりも、もう少しもふもふさせてもらいたかったが……仕方がない。そんな素振りは見せずに、礼を言いながら触れると、もふもふは黄色い目を細くする。撫でられるのは嫌いではなさそうだ。アイキがオレと同じようにもふもふを撫でる。
「すごーい! 体の大きさを自在に変えられるんだね」
「ふぉふぉ……わしも精霊だからの」
「精霊なんて……本当に存在したんだな」
「あたしもそう思った」
その声に反応するように、オレとアイキは無意識にリューナへと視線を移す。
「ルーセス、アイキ……」
リューナがオレたちに歩み寄ると、知らない男もその隣りに並んだ。リューナはケガひとつしていないし、大丈夫そうだ。それだけでも嬉しかったけれど、いろいろな感情が混じり合い、オレは何を言ったらいいのか分からなかった。リューナの横に立つ男のことも、もふもふのことも、兵士たちがオレを捕えに来た理由も、オレは何も知らない。
あれこれと考えていると、リューナが突然、ガバッと頭を下げた。
「ごめんなさい……ごめんなさいっ!」
「リューナ……?」
リューナの意外すぎる行動に驚いて、思わずアイキと顔を見合わせる。
「勝手に門を飛び出して……挙句の果てには、こんなことになってしまって本当にごめんなさい……」
頭を下げたままでいるリューナにアイキが近づいて、背中に優しく手を当てる。
「リューナの所為じゃないよ。結果的にオレたちも助けられたし、良かったじゃん」
「でも……」
「兵がオレたちを捕えに来ることを、リューナはいつから知っていたんだ?」
オレが質問をすると、リューナは頭を上げる。長いストレートの髪を整えながら、いつになく真剣な眼差しでオレとアイキを交互に見ていた。それから、隣りに立っている男と見つめ合う。男が照れるようにリューナから視線をそらすと、小さくため息を吐いた。
「だから……いちいちオレを見るなと言っているだろう?」
「だって……どこから説明したらいいのかと思って」
「オレに聞くな。オレは説明が下手なんだ」
「ねぇ、それってルフの口癖なの?」
「口癖じゃない!」
どこから……って――――?! この二人に何があったと言うのだっ!!
いや……落ち着け。ここで取り乱してはまたキモいとかウザいとか言われてしまう……。心の乱れを整えるために小さく深呼吸をすると、もふもふが楽しそうにオレたちの周りをくるくると回った。
「それならわしが説明してやろうかの? この先に休める場所があるから案内しよう」
「ありがとう……」
リューナが礼を言うと、もふもふはまた黄色い目を細くする。もふもふの声は、耳で聞くというよりも直に体に響いてくるような不思議な声だ。
――――――――――――――――
もふもふの話を聞きながら森を歩いている。こんなにもこの森は深かったのかと思う程、歩いても歩いても木ばかりの景色が続いている。もっとも、暗闇を照らしているランタンの明かりだけでは、足元くらいしかまともには見えない。ルフという魔族の照らす明かりは妙に明るく、前を歩くリューナの表情や、ルフの紅い瞳までも、やたらとよく見えた。
もふもふの話が一段落すると、ずっと横でゴソゴソしていたアイキが、うんうんと頷いた。それを見て、オレも真似するように頷く。特に二人に何かがあった訳でも無さそうで……その件については、ひとまず安堵した。
「つまり、リューナたんがオレたちと合流しようとしたところで兵士たちの存在に気がついて……その兵士たちの話し声を、もふもふさんが聞いたってことか」
「そうじゃの」
「……兵は誰の命令でオレを捕まえに来たんだろう?」
「うむ、わしが聞いたのは……"王の命令だから王子の命令は無視するように"とか、"抵抗するようなら王子さえ生きていればいい"と聞こえたな。人間たちは物騒じゃのぅ」
「えっ? それって一緒にいるオレは殺してもいいってことだよね? 王様、酷くない??」
「そうよね。どうして急にそんなことになったのかしら……って、アイキはいつ気がついたの?」
「えっ? なんとなくだよ。ご飯を食べたあとに、町の人が"兵士がたくさん歩いてくるのを見た"って話しているのが聞こえたんだ。だから歌って町じゅうの人を集めてみたけど、ルーセスよりも強そうで偉そうな人はいなかったから、ルーセスが狙いかなぁ、って思ってさ」
少し先を歩くリューナが振り返りながらアイキの顔を見る。アイキはニカッとリューナに笑顔を返した。
「でも、なんで愛の告白してたの?」
「だって、オレとルーセスは相思相愛なんだから仕方ないだろ?」
「やだ、キモっ……」
リューナはアイキではなく、オレの方を流し目で見ながら呟く。その冷たい視線が昨日までのリューナと何ら変わりはない点についてもひとまず安心…………だが。
「なんで話しているのはアイキなのに、オレばかり気持ち悪がられるんだ……」
「まぁ、オレは可愛いからな♪ でもルーセスは筋肉馬鹿だし、灰色の髪色はパッとしないし……。あ、でも翠色の目は綺麗だぜ。うん!」
「褒めてるのか貶けなされてるのかわからないな……」
「褒めてるに決まってるだろ?!」
アイキは少し頭を傾けてにっこりと笑った。確かに、アイキは女と見違えるほど可愛い顔立ちをしている。オレは魔法を使えない分、体を鍛えることに専念していたから、体格がいいのも確かだ。でも、筋肉馬鹿ってのは……。
「そんなことよりさ、オレは彼のことが気になるなぁ。紅い瞳で特殊な火の魔法を使って、しかもカッコよくてさ。まるで"紅い魔法使い"みたいだね」
紅い魔法使い……? アイキは何を言っているのだろう。ルフ、という男がちらりと振り返り、アイキを見る。
「そうだ。オレは"紅い魔法使い"とかいうものらしい。自分ではよく知らないが、おまえはなぜそんなことを知っているんだ?」
「子供の頃に読んだ絵本に書いてあったんだよ。本当に絵本の中の魔法使いがいるなんて驚きだな。あははは♪」
アイキはひとりで笑っている。その笑い方が、妙にわざとらしい。気になったけれど、暗くてアイキの表情まではよく見えなかった。そういえば、門を出てからのアイキの挙動が気になることが何度かあった。けれど……オレはアイキを信じることしかできない。アイキがいなくては、オレは生きていけない気がする。
「ルフ、リューナを助けてくれてありがとう」
オレがそう言うと、ルフは振り返らず片手を軽く上げた。
「目の前で死なれたら寝覚めが悪い」
リューナは以前から、思い立ったら考えるより先に行動してしまう衝動性があった。それにオレがもう少し早く気がついていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。
少し前を歩くリューナとルフは、二人で何かを話している。無愛想でツンツンしていた昨日までのリューナとは別人のように、表情がころころと変わる。まるで、リューナから感じなかった"心"にやわらかな火が灯ったようだ。
一方、ルフの紅い眼からは熱を感じる。燃えるような情熱とまではいかないが、リューナが少し変わったように感じるのは魔族であるルフのお陰なのだろう……。オレは"精霊"も"魔族"も、その存在すら知らなかった。いや、オレだけじゃない。きっとリューナもアイキもオレと同じだろう。
――――――――――――――――
闇に染まる森をひたすら歩き続ける。辺りはしんと静まり返り、オレたちの足音ががさがさと響く。一歩一歩、踏み出す度にオレが腰に付けている剣がカタカタと音を立てている。
「はぁ……疲れたな。今日はたくさん歩いたよ」
「そうだな……」
アイキが横で弱音を吐くと、もふもふが足早にぴょんぴょんと先に駆けて行き、大きな岩の前で立ち止まった。
「着いたぞ、この中じゃ」
「えっ……思い切り森の真っ只中じゃん!」
「ふぉふぉふぉ……」
アイキがランタンで照らすと、大きな岩に裂け目があるのが見えた。その暗闇にもふもふが吸い込まれるように入っていく。
「思っているよりは快適だ」
「そうなの?」
リューナとルフがもふもふに続いた。それを見ていたオレとアイキは顔を見合わせると、にやりと笑った。
「行くしかないね」
「そうだな」
オレとアイキも覚悟を決めて裂け目から中に入った。
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