第4話 足跡、気配

「まずとなり町に行って、美味しいパン屋さんに行って、それから~♪」


 門を抜けると、アイキがひとりで楽しそうに計画を立てている。


「魔物の死骸を確認してからな」

「わかってるよ」


 元気のいい返事にオレは頷く。


「なんか、リューナの欠片でも落ちてればいいんだけどなぁ」

「欠片って……!」


 アイキが突然、物騒なことを言い出すので、オレは慌ててアイキの方へ振り返った。アイキはくすくすと笑いだす。


「いやいや。怖い顔するなよ、ルーセス♪ 欠片っていうかリューナの持ち物とかだよ。何もわからないままじゃ探せないだろ? 何か手がかりが欲しいと思わないか?」

「そうだな……」


 リューナのことを思い出してみる。焦茶色でストレートの長い髪に黒色の瞳。いつも丈の短いスカートと長いブーツを履いていて、オレが買ってやった高価な魔法の杖を持っている。アクセサリーなどは身につけないので、落としそうなものなど普段から持ち歩いていない……。横を見ると、同じことをアイキも考えたのだろう。難しい表情をしたまま、唸り声を漏らし始める。


「リューナが落としそうなものを考えるほうが難しくないか……?」

「やばい……リューナたん、いつも身軽だよな。こうなったら……この草原の中から髪の一本でも探すしかない……」

「本気で言っているのか……?」

「オレはいつだって本気だぜっ。あははは!」


 アイキが笑い出すのを見て、オレはため息を吐いた。心配こそしているのだろうが、この状況を楽しんでいるようにも見える。


 しばらく歩くと、1本の木が見えてきた。この辺りが死骸のある場所なのかと思い、周囲を見渡す。


「そろそろ、魔物の死骸が……」

「ルーセス――!!」


 突然アイキに引っ張られて、木陰へと滑り込む。アイキが指差した上空を見上げると、黒い魔物がバサバサと翼を羽ばたかせて旋回しているのが見えた。


「なんだ……あんなの見たことないぞ。あれが新種の魔物……?」

「……逃げよう。アレ、やばいやつだ」

「そうだな……」


 アイキと二人で木陰からじっとその魔物を見つめる。目が利かないのかオレたちには気づく様子もなく、同じところをぐるぐると旋回し続けている。何かを探しているのだろうか……そう思ったとき、魔物が低い声で啼いた。


「ゥゥゥ……ゥゥ……」


 言葉を発しているわけではないが、その啼き声が妙に耳に残る。ふと気がつくと、アイキが手を震わせて、オレの服の裾をぎゅっと掴んでいる。魔物に怯えるアイキの姿など、見たこともない。今まで数多の魔物を退治してきたというのに、今さら怯える理由がわからずに戸惑う。


「アイキ……どうした?」


 アイキはオレのすぐ横で、猜疑心に満ちた眼差しで魔物をじっと見上げている。


「ルーセス……オレ、あいつからリューナたんの風を感じる……意味がわかんない」

「なに……?」

「どうしてあいつがリューナの魔力を持っているんだろう……」


 アイキには不思議な魔力がある。普通の魔法とは違う、アイキが歌うときに感じる不思議な魔力。オレには、それが何なのかはわからないが、アイキにしてみればリューナの風の魔力と他の魔力を見分ける程度、造作もないのだろう。


 一方、オレはそんなものを見分けることなど、出来るはずもない。


 オレは、魔法を使えないのだから。


 ミストーリ国は魔法が盛んだ。生活のすべとして魔法が使われるのが当たり前で、水の魔法や火の魔法は誰もが使う。だが、オレはどれだけ訓練をしても全く魔法が使えなかった。王子であるオレの世話を使用人たちがするのは当たり前のことではあったけれど、自分で何も出来ないことが苦痛であり、強い劣等感を抱いていた。時折、母である王妃がオレを見て哀しそうな表情をしていたことや、兄さんが気遣ってくれることを、ただ情けなく思っていた。


 黒い魔物は、しばらくすると、森の上空へと消えていった。


―――――――――――――――――


 黒い魔物が飛び去って行ったあとすぐに、焼け焦げた魔物の死骸を発見した。地面に落ちていると、空に飛んでいるよりも大きく感じる。


「これは……火の魔法だよね。コゲコゲだもん」

「こんな天気のいい日に雷に打たれたとは思えないからな」


 そう言ってオレは空を仰ぐ。やはり、雲ひとつ無く、どこまでも青空が広がっている。


 周囲には他に人の気配も、魔物の気配もない。足元に広がる草原が、何の遮りもなく降り注ぐ陽の光に照らされて、青々としている。穏やかな風が吹くと、草原はさらさらと音を立てた。


「ルーセス、リューナたんの欠片は感じたけれど……どうする?」


 魔物の前にしゃがみ込んだアイキが、オレを見上げて呟いた。どこか寂し気な、その表情を見ていると、次第にリューナに腹が立った。自分勝手が過ぎるのはいつものことだが、今日はいくら何でもやり過ぎだ。


 その性格のせいで、他の人と居るところは見たことがない。いつも不機嫌そうな顔をして一人で居るか、オレたちと居るか。不器用なだけで、コミュニケーションが苦手なだけで、他の人に迷惑をかけるような奴ではないと思っていた。


 ……だが、リューナを見つけることが出来なければ、その行動を叱ることも出来ない。魔物の飛んでいった森の方へと視線を移す。リューナが消えて、リューナの魔力を持つ魔物の死骸が見つかった。そして、また同じ魔物が森へ……?


 時間が経てば経つほどに、リューナを発見することは難しくなる。どうすればいい……。どうすれば……?


「なぁ、ルーセス。この魔物の燃え方、少し……普通と違わないか?」


 アイキがオレの思考を遮る。


「何?」

「ほら……なんて言えばいいのかな……」


 アイキはそう言いながら、魔物の死骸に手を伸ばした。その途端に、魔物の死骸が水に溶けるように消えていく。


「なっ――?!」

「ほら、やっぱり変だよ」

「いやいやいや、アイキ……何をしたんだ?」

「うーん……オレの可愛さに反応したのかな?」


 アイキは自分の手を眺めながら首を傾げている。オレには今、アイキが魔法を使ったようには見えなかったけれど……何かをしたのだろうか。


「わからないな。オレは魔法専門じゃないんだ♪」

「オレは魔法を使うことすら出来ないから、もっとわからない」


 オレは少し皮肉っぽい言い方をしてしまった。アイキは途端に笑顔を消して、じっとこっちを見ている。


「ルーセス、だからオレがここにいるんだ。不自由な思いはさせないようにするから……リューナも必ず見つけてやるから、そんなこと言うな」

「わかってる……すまない」 


 オレは自分がイライラしていたことに気が付くと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。オレの世話をしてくれいているアイキに使うべき言葉ではなかった。アイキが変な歌を歌い、笑ってばかりいるのは、リューナが突然飛び出してしまったことに焦り、不安定になっているオレを気にかけてくれていたからかもしれない。


「焦ってもしょうがないだろ? わかることを整理してみよう、ルーセス」

「そうだな……」


 アイキは優しく微笑んで、静かに頷いた。


「この魔物を焦がした魔法は、普通の魔法じゃない。そんな特殊な魔法を使える"誰か"がここにいたってことだ。それから、リューナがここに居たのかどうかはわからないけど……この魔物を倒した奴に会った可能性があると思わないか?」

「確かに……。リューナが門を出た時間と魔物の死骸の発見された時間は近かったな。……まさか、リューナは連れて行かれたのか?」

「うーん……。どちらかというとオレは、リューナが勝手に付いていったような気がするなぁ。今も一緒に居るかもしれない」

「そうだな……。さっきの黒い魔物は森のほうに飛んで行った。もしかしたら、その"誰か"とリューナを追いかけていったのか?」

「可能性はあるね。でも、リューナは、何にも見向きもせずに隣り町に向かったかもしれないし……森に向かうか、隣り町に向かうか、判断はルーセスに任せるよ」


 リューナの性格から言って、どちらの可能性も否めない。もし森にいるのだとしたら、夕方か夜には帰ってくることもできるかもしれないけれど、隣り町に向かっていたとすると、そこからさらに遠くに行ってしまう可能性が高い。そうなると、見つけるのは更に難しくなる。


「隣り町に行こう」

「わかった」


 アイキは立ち上がると、にっこりと笑った。



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